相模原市認知症疾患医療センター

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センター長コラム

第6回 認知症のある人を知る

 私たち一人一人が、今からできる認知症へのアンチスティグマ活動があります。一人でも多くの人たちがこの活動をすることは、認知症のある人への理解を深めた人の多い街を作ることに寄与します。それは安心して認知症になれる街づくりにつながります。
 それでは、今からできる個人レベルのアンチスティグマ活動とはなんでしょうか。それは認知症のある人の体験を知ることです。
 認知症になると何も記憶できない、言ってもわかってもらえない、何もできないといった認識を耳にすることがあります。認知症のある人と暮らしている家族や、近くで介護している介護士の人から、そうした言葉を耳にすることもあります。とはいえ彼らを責めるつもりはありません。認知症のある人の近くにいると、大切なことを忘れられてしまい落胆すること、自分の顔を忘れられて他人と間違えられてしまい哀しくなること、同じことを何度も言われて疲弊することなど、数々の苦労や戸惑いを感じやすくなります。ですからあきらめの気持ちから、「認知症になると何もできない」のような認識を持ちやすくなるのも当然なのかもしれません。
 しかし認知症になったからと言って、何もできなくなるわけではありません。何も記憶できないわけでもありません。認知症があると苦手なことは増えますが、豊かな感性を持ち、様々なことを記憶し、楽しみや張り合いを感じることのできる人も多くいらっしゃいます。
 以前、外来の待合室で年に一回、外来にいらっしゃるアルツハイマー型認知症のある女性の前を通り過ぎようとした時、その女性から「先生、久しぶりです、お元気そうですね」と声を掛けられることがありました。同行した夫は「あれこれ忘れてばかりなのに、年一回しか会わない先生のことを覚えているなんて」と苦笑まじりにおっしゃっていましたが、このように認知症があっても、何もかも忘れてしまうわけではありません。強い感情と結びつく体験は記憶されやすいという報告もあります。
 ある当事者の会では大勢でラジオ体操をしている際、体操の手を抜いていた筆者を見つけた早発性のアルツハイマー型認知症のある人は、「先生、そんな適当じゃ体操になってないですよ」と指摘しました。もちろん厳しく指摘するのではなく、笑い声を誘う配慮溢れる雰囲気で。このように、認知症があっても気遣い、優しさ、豊かな感性は保たれます。
 認知症のある人と接する機会があると、認知症のために苦手なことが増えても、できること、保たれた機能が多くあることを知ることができます。しかし、普段の生活の中で認知症のある人と接する機会は限られています。それでも認知症のある人の言葉や思いを知ることはできます。それは認知症のある人の言葉や思いが綴られた書籍を読むこと、認知症のある人の語りを聞くことのできる動画を視聴することです。クリスティーン?ブライデンさんの「私は誰になっていくの?―アルツハイマー病者からみた世界(クリエイツかもがわ、2003年)」、「私は私になっていく(クリエイツかもがわ、2012年)」、佐藤雅彦さんの「認知症になった私が伝えたいこと(大月書店、2014年)」、樋口直美さんの「私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活(ブックマン社、2015年)」丹野智文さんの「丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-(文藝春秋、2017年)」からは、認知症のある人にある苦悩だけではなく、認知症があっても豊かな感性、優れた力があることを教えてもらうことができます。YouTubeを検索すれば彼らの声、語りに触れることができます。一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループのWebサイト(http://www.jdwg.org)にも、認知症のある人を知るためのコンテンツが多くあります。
 世界アルツハイマーデーの2019年9月21日、相模原市でも相模原市、NPO法人Link?マネジメントが中心になって関係者とともに企画された普及?啓発イベントが、相模原市立あじさい会館で開催されました。相模原市長の本村賢太郎さんが開会の挨拶をされ、認知症のある人を含む多世代の代表が開催宣言し、鼓笛隊に先導されながら市長、認知症のある人、多世代の市民がパレードに参加しました。認知症の普及?啓発イベントというと、支援する人が中心に講演や映画上映に留まりやすい時代が続いていましたが、こうして認知症のある人、多世代が参加するイベントになり、普及?啓発活動の本来の姿に近づいてきているように感じています。今後、認知症のある人がより一層多く参加するイベントに育ち、認知症のある人の思いが理解されやすくなる場になればと願っています。
 私たち一人一人が今からできるちょっとしたアンチスティグマ活動をすることは、認知症のある人のことを理解した人が増えることにつながります。それは認知症のある人が困ったことがあっても助けを求めやすくなる街、認知症のある人が困ったことがあっても、それが気づかれ、助けが届けられやすくなる街づくりにつながります。個人レベルのアンチスティグマ活動が重ねられ、認知症のある人が安心して暮らすことのできる街が日本中で、世界中で増えていくことを願うばかりです。

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