相模原市認知症疾患医療センター

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センター長コラム

第14回 薬剤性の認知機能障害について

 認知症を心配して来院した人と話していると、薬による認知機能障害が珍しくないことに気付かされます。認知症という言葉がひろまったせいもあってか、年齢を重ねて物忘れが増えると、原因を調べる機会のないまま認知症と決めつけられてしまうことがあります。年齢を重ねていつもと異なる行動が増えても、認知症と決めつけられてしまうことがあります。しかしその原因が薬だった場合、それは治癒する可能性のある認知機能障害です。ですから、物忘れや行動と心の変化が生じた時には、服用している薬に着目することが求められます。そこで今回は薬による認知機能障害について整理したいと思います。

 認知機能に影響を及ぼす薬は、それほど特殊なものではありません。入手しやすいものとしては、ドラッグストアでも入手できる風邪薬、花粉症の薬、胃酸分泌を抑える薬、咳止めの薬、睡眠改善薬が挙げられます。国は医療費を削減するため、病院を受診しなくても薬を入手しやすい仕組みづくりを進めています。軽い症状なら病院を受診せずに市販の薬で対処するというのは、医療資源の適正使用という意味でも望ましい方法と言えるでしょう。最近では「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」をセルフメディケーションという言葉で表現、推奨されているようです。感染リスクの高い場所へアクセスする機会を減らすというウィズコロナ時代の視点でも、大切なことかもしれません。しかしこうした市販薬の中には認知機能に影響を及ぼすものが珍しくありません。最近、長らく熱心にセルフメディケーションをされていた人が、風邪薬と咳止めの薬の影響で物忘れや行動の変化に気づかれて来院されました。風邪薬と咳止めの薬を減量、中止するにつれて物忘れと行動変化は改善しました。

 医師が処方する薬にも、認知機能に影響を及ぼす薬があります。抗コリン薬、抗精神病薬、抗うつ薬、睡眠薬、抗不安薬、抗てんかん薬、抗パーキンソン薬、ヒスタミンH2受容体拮抗薬、ステロイド、非ステロイド性抗炎症薬、循環器系治療薬、抗菌薬の中には、認知機能に影響を及ぼす薬があります。
 抗コリン薬は高齢者に処方される頻度が高いという報告があります。診療で最近よく見かけるものとしては、過活動膀胱の治療薬です。他にも様々な薬に抗コリン作用があります。
 痛みに対する薬の中にも、認知機能に影響を及ぼす薬があります。比較的新しい薬としては、プレガバリン、トラマドール、デュロキセチンなどが最近、痛みに対してよく使用されていますが、これらは総じて認知機能に影響を及ぼす可能性があります。認知機能の改善を優先してこれらの薬を減量や中止することについては、痛みを強めるのではないだろうかと不安になるかもしれません。しかし中止しても痛みが強まることはなく、物忘れがよくなることを多く経験します。
 脳梗塞を経験し、脳梗塞後のてんかん予防という名目で抗てんかん薬を長期間服用している人に出会うことがあります。抗てんかん薬の中には、バルビツール酸系と呼ばれる薬があります。この薬は比較的重い認知機能障害を引き起こすことがあり、適切な判断に必要な前頭葉機能の低下も生じることがあります。以前、脳梗塞後に長期にわたってこの薬を服用していた人が、金銭を支払わずに商品をお店から持ち出してしまうことを繰り返し、心配した家族や地域包括支援センターの勧めで来院されました。バルビツール酸系の薬が関与している可能性があるため、処方している先生にお願いして、中止を念頭にゆっくりと減量していただくことになりました。心配されていた行動はなくなりました。バルビツール酸系の薬は昔からある薬で、使用される機会は減っていますが、新しい抗てんかん薬の中にも認知機能、行動に影響を及ぼす可能性のある薬があります。

 年齢を重ねると様々な身体疾患と付き合うようになります。自ずと処方される薬も増えやすくなります。もちろん、中止することのできない大切な薬もあります。しかし薬以外の対処をすることで、不要になる薬もあります。薬の影響による認知機能障害は中止によって改善する可能性のある変化です。物忘れや行動、心の変化が生じた時には、薬の減量や中止について積極的に検討することが求められます。ただし、一点だけ注意が必要です。それは急な減量や中止は、薬によっては避ける必要があるということです。薬の影響について心配になるあまり、ご自身の判断で薬の減量や中止をすることは避けましょう。認知症かもしれないと考えた時には、お薬手帳を持参して薬剤師さんや主治医の先生と相談すると良いでしょう。
 とはいえ、来院した人と話をしていると、せっかく薬を処方してくれた主治医の先生には相談しづらいという気遣いが生まれやすいことにも気付かされます。実際、医師に副作用に関する相談をしてもなんら問題ありません。しかし、もしも主治医の先生に相談しづらい時には、認知症疾患医療センターに相談するのも解決策になるかもしれません。当センターではそうしたご相談も多くいただいております。相談に対応する精神保健福祉士から報告を受け、薬の減量や中止についてかかりつけ医の先生へご連絡、調整をすることもあります。

 薬剤性の認知機能障害について整理してみました。薬は私たちの暮らしに多くの恩恵をもたらす一方で、副作用も生じることがあります。物忘れや行動の変化は、発熱や湿疹などの目立つ変化ではないので、薬の影響を見落とされることがあるようです。認知症のある人に薬が影響して認知症が進行した、あるいは認知症に伴う行動や心理面の変化が生じたかのように見えることもあります。認知症があると服用している薬の管理も苦手になり、さらに薬の影響が見落とされやすくなります。過度に恐れることはないですし、薬には様々なメリットがありますが、変化が生じた時には服用している薬に着目し対応することができると良いでしょう。

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