47号
情報:農と環境と医療47号
2009/2/1
第6回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムの内容:-食の安全と予防医学-(7)海藻類多食者におけるヒ素による健康影響の問題点
平成20年10月24日に開催された第6回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムのうち、演題「過酸化脂質と疾病」を紹介する。残りの演題と総合討論については、次号以降に順次紹介する。なお、「開催にあたって」「食品安全委員会の5年間の取組と今後の課題」「食生活の現状と課題‐健康維持?おいしさ?安全性の連携‐」「水産物の機能と安全性」「過酸化脂質と疾病」「サルモネラおよびカンピロバクター食中毒‐農の領域から‐」については、情報44号~46号に掲載した。
海藻類多食者におけるヒ素による健康影響の問題点
近年のヒ素と健康障害
ヒ素化合物によるヒトへの生体影響は、他の金属や半金属にない作用機序として、「曝露量?摂取量」にのみ決定されるのではなく、そのヒ素が持つ化学構造と化学形態が強く影響する特徴がある。ヒ素化合物はヒトの食や生活環境に深く関係し、急性?慢性中毒、そして、発がん性に対するリスク管理が不可欠である。その関連の問題の一つとして、最近注目されているのが、海藻類から過剰摂取しているヒ素化合物と健康影響である。
フィールド調査研究
「海藻類多食者における食事からのヒ素摂取と健康影響」
研究対象と方法:調査対象地域は岩手県沿岸部で、ワカメを養殖しアワビやウニの養殖漁業従事者とその家族79名とホヤの養殖業者とその家族40名を対象者とし、合計119名(男59名、51.4±14.0歳;女60名、52.1±12.9歳)である。陰膳実測法による食事調査を実施し、対象者の一日分の全飲食物を朝食、昼食、夕食、間食に分けて回収し、同日のスポット尿も採取した。
食生活および身体状況のアンケート調査、健康診断も同時に実施した。食事検体は硝酸灰化し、ICP-MS法にて総ヒ素濃度を求めた。尿中ヒ素はアルカリ加熱分解で試料を前処理し、超低温捕集―還元気化―原子吸光法で化学形態別にヒ素化合物(無機ヒ素;iAs、モノメチル化ヒ素;MMA、ジメチル化ヒ素;DMA、アルセノベタイン;AsB)を測定した。酸化的DNA損傷は、ELISA法にて尿中8-hydroxy-2-deoxyguanosine(8-OHdG)濃度を測定した。尿中ヒ素と8-OHdGは尿中クレアチニン濃度で補正をした。対照群は全国6地域、内科的検診で異常がない成人男女248名から求めた尿中ヒ素と8-OHdG濃度の値を用いた。
食事からの一日の海藻類と魚介類摂取量:
本調査において、全ての被験者にヒジキの摂取はなく、大部分がワカメであった。一般的な日本人の海藻類摂取量(約14g)に比較して、調査群の119名の平均値は21.8±26.6gと高値の傾向を認め、さらに、女性の値は28.2±28.2g、男性は15.2±23.3gで、女性群に海藻類の摂取が多量である顕著な結果を得た。調査群の魚介類摂取量は108±71.7gで、全国平均値(約106g)に比較して相違は示されなかった。しかし、調査群のうち男性(121±75.5g)は女性(96.6±66.2g)に比較して摂取量が多くなる傾向を認めた。
食事からの一日の総ヒ素摂取量:
日本人の食文化において海藻類と魚介類の摂取は他の民族に比較して多く、このことから食事からの総ヒ素摂取量は必然的に高くなる傾向が従来より知られている。筆者が1992年、都市部住民(川崎市、男女35名)を対象とした同様な陰膳実測法で求めた結果では、一日の総ヒ素摂取量は195±235μg/日、さらに、福岡市で行ったMohriらの結果でも類似の202±143μg/日であった。本調査における、一日の総ヒ素摂取量は119名の平均値で336±417μg/日であり、都市部の住民に比較して約2倍弱の高値であることが明らかとなった。このうち男性の平均値は297±216μg/日、女性の平均値は374±546μg/日で、女性の値が高い傾向にあったが、両者に統計学的な有意差は認められなかった。
尿中ヒ素濃度と化学形態:
筆者が求めた日本人健常者248名の化学形態別の平均尿中ヒ素濃度は149±129μg/g クレアチニン(iAs, 2.4%; MMA, 1.3%; DMA, 26.8%、AsB 69.1%)であった。本調査で得られた結果から、119名の尿中ヒ素濃度の平均値は304±391μg/g クレアチニン(iAs, 0.5%; MMA, 2.5%; DMA, 36.8%; AsB, 60.2%)で、対照群248名の平均値に比較して約2倍の高値であった。男性の平均値は251±202μg/g クレアチニン(iAs, 0.6%; MMA, 3.4%; DMA, 36.7%; AsB, 59.0%)、女性の平均値は357±510μg/g クレアチニン(iAs, 0.5%; MMA, 1.9%; DMA, 36.7%; AsB, 61.0%)で、男女の値を比較すると、女性の値が高い特徴を認めた。この調査時期、女性はワカメの摂取量が多く、このことからワカメに含有する主要なヒ素がAs-Sugであり、As-Sugの代謝物がDMAであることから、尿中DMA濃度の上昇が推測され、結果において海藻摂取量と尿中DMA濃度との間には有意な相関関係(r = 0.357)が成り立っていた。なお、魚介類摂取量と尿中AsBとの間にも有意な相関関係(r = 0.375)が認められた。
ヒ素摂取と酸化的DNA損傷:
現在、酸化的DNA損傷の有効なマーカーとして、8-OHdGは広く認識されている。健常者248名の平均尿中8-OHdG濃度は15.4±5.60ng/mgクレアチニン、男性128名で15.2±5.19ng/mgクレアチニン、女性120名で15.6±5.49ng/mgクレアチニン、これらの値に性差と年齢差(20-65歳)は認めていない。本調査で得られた結果から、119名の尿中8-OHdG濃度の平均値は17.3±6.79ng/mgクレアチニンで対照群に比較してやや上昇する傾向を示し、両者の間に統計学的な有意差が認められた(p < 0.01)。男女の値をみると、男性は17.6±6.98ng/mgクレアチニン、女性は17.0±6.64ng/mgクレアチニンで有意差は示されなかった。119名の尿中8-OHdG濃度と海藻類、魚介類摂取量との間に統計学的な有意差は認められなかった。また、化学形態別の尿中ヒ素濃度と尿中8-OHdG濃度との間にも相関関係は認められなかった。
まとめ
今日、海藻を食することは栄養学の視点でみれば、有益な食材として広く社会に認知されている。しかしながら、本研究結果で示したごとく、海藻類や魚介類の摂取が大量となる漁業従事者とその家族における一日の総ヒ素摂取量は、都市部に居住する人々に比較して高くなる傾向が明らかとなった。そのなかで、海藻類摂取量と尿中DMA濃度との間における有意な相関関係は、このDMAが無機ヒ素の主要な代謝物と同一であり、一般毒性と発がん性の見解からみて懸念され、今後の重要な研究課題と考える。一方、魚介類摂取からのAsBの過剰摂取は、このヒ素が無毒のヒ素であることから、今後も何らの生体影響に関する問題は生じないと考える。
ヒジキや他の海藻類を食材にする日本の食文化は大事に守る必要性は感じている。しかし、妊婦や乳幼児を中心にミネラルの摂取源として、従来のように海藻類にその役割を求めることは、ヒ素の毒性から変革が必要と感じる。一方、一般の成人においても一度に大量の海藻類の摂取は、過剰の中毒性ヒ素を体内に保持することになり、発がん性のリスク増加の要因になる可能性があり、食する方法に工夫が必要と感じる。
海藻類多食者におけるヒ素による健康影響の問題点
博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@医療衛生学部教授 山内 博
近年のヒ素と健康障害
- ヒ素は三酸化ヒ素を代表に中世ヨーロッパから現代においても他殺、自殺に用いられる代表的な毒物である。銅製錬の副産物や硫化砒素から三酸化ヒ素は製造され、国内の年間使用量は約5~6万トンで、その主要な用途は液晶基板硝子とヒ素化合物半導体で、職業性曝露からの健康影響が危惧されている。過去の用途として農薬、除草剤?枯葉剤、木材防腐剤(CCA; Copper?Chromium?Arsenic)などに多用されたため、現在でも深刻なヒ素土壌汚染とCCA含有木材が放置されている。職業性ヒ素暴露や医薬品(梅毒、感染症、寄生虫、強壮剤)に使用された無機と有機ヒ素化合物により、皮膚癌や肺癌が過剰発生した。現在、三酸化ヒ素は癌細胞へのアポトーシス作用が注目され、急性白血病(APL: 急性前骨髄球性白血病)の治療薬に使用され始めた。
- 我が国は約70年前に化学兵器を約7,000トン製造し、その多くの化学兵器にヒ素が使用された。現在でも中国に4,000トン(砲弾として30~40万発)、国内に3,000トンが存在する。現在、我が国では約160名のヒ素化学兵器由来の中毒患者が治療中で、一方、中国でも偶発的な事故による死傷者が発生している。
- 近年、アジア諸国を中心に水系伝染病の予防や農業用水の確保を目的として、膨大なポンプ式井戸が掘られた(地下15~20m)。しかし、井戸水は自然由来の高濃度な無機ヒ素に汚染されており、国際機関の統計で、潜在的な患者を含めた慢性ヒ素中毒の被害者は約8,000万人に達し、東アジア地域での拡大傾向が進んでいる。
- 2004年7月、英国食品規格庁(UK Food Standards Agency、FSA)は、ヒジキに含有する高濃度の無機ヒ素による健康影響を懸念し、自国民にヒジキ摂取の禁止を勧告した。関連の行動は欧米諸国に広く反映され、現在、ヒジキを食しているのは日本国民のみである。2007年3月、内閣府食品安全委員会による、「ひじきに含まれるヒ素の評価基礎資料調査報告書」が、筆者らにより作成された。他の海藻類(昆布、ワカメ、海苔、他)に含まれるヒ素化合物による健康影響に関する基礎的な研究も慎重に開始されている。
ヒ素化合物によるヒトへの生体影響は、他の金属や半金属にない作用機序として、「曝露量?摂取量」にのみ決定されるのではなく、そのヒ素が持つ化学構造と化学形態が強く影響する特徴がある。ヒ素化合物はヒトの食や生活環境に深く関係し、急性?慢性中毒、そして、発がん性に対するリスク管理が不可欠である。その関連の問題の一つとして、最近注目されているのが、海藻類から過剰摂取しているヒ素化合物と健康影響である。
フィールド調査研究
「海藻類多食者における食事からのヒ素摂取と健康影響」
研究対象と方法:調査対象地域は岩手県沿岸部で、ワカメを養殖しアワビやウニの養殖漁業従事者とその家族79名とホヤの養殖業者とその家族40名を対象者とし、合計119名(男59名、51.4±14.0歳;女60名、52.1±12.9歳)である。陰膳実測法による食事調査を実施し、対象者の一日分の全飲食物を朝食、昼食、夕食、間食に分けて回収し、同日のスポット尿も採取した。
食生活および身体状況のアンケート調査、健康診断も同時に実施した。食事検体は硝酸灰化し、ICP-MS法にて総ヒ素濃度を求めた。尿中ヒ素はアルカリ加熱分解で試料を前処理し、超低温捕集―還元気化―原子吸光法で化学形態別にヒ素化合物(無機ヒ素;iAs、モノメチル化ヒ素;MMA、ジメチル化ヒ素;DMA、アルセノベタイン;AsB)を測定した。酸化的DNA損傷は、ELISA法にて尿中8-hydroxy-2-deoxyguanosine(8-OHdG)濃度を測定した。尿中ヒ素と8-OHdGは尿中クレアチニン濃度で補正をした。対照群は全国6地域、内科的検診で異常がない成人男女248名から求めた尿中ヒ素と8-OHdG濃度の値を用いた。
食事からの一日の海藻類と魚介類摂取量:
本調査において、全ての被験者にヒジキの摂取はなく、大部分がワカメであった。一般的な日本人の海藻類摂取量(約14g)に比較して、調査群の119名の平均値は21.8±26.6gと高値の傾向を認め、さらに、女性の値は28.2±28.2g、男性は15.2±23.3gで、女性群に海藻類の摂取が多量である顕著な結果を得た。調査群の魚介類摂取量は108±71.7gで、全国平均値(約106g)に比較して相違は示されなかった。しかし、調査群のうち男性(121±75.5g)は女性(96.6±66.2g)に比較して摂取量が多くなる傾向を認めた。
食事からの一日の総ヒ素摂取量:
日本人の食文化において海藻類と魚介類の摂取は他の民族に比較して多く、このことから食事からの総ヒ素摂取量は必然的に高くなる傾向が従来より知られている。筆者が1992年、都市部住民(川崎市、男女35名)を対象とした同様な陰膳実測法で求めた結果では、一日の総ヒ素摂取量は195±235μg/日、さらに、福岡市で行ったMohriらの結果でも類似の202±143μg/日であった。本調査における、一日の総ヒ素摂取量は119名の平均値で336±417μg/日であり、都市部の住民に比較して約2倍弱の高値であることが明らかとなった。このうち男性の平均値は297±216μg/日、女性の平均値は374±546μg/日で、女性の値が高い傾向にあったが、両者に統計学的な有意差は認められなかった。
尿中ヒ素濃度と化学形態:
筆者が求めた日本人健常者248名の化学形態別の平均尿中ヒ素濃度は149±129μg/g クレアチニン(iAs, 2.4%; MMA, 1.3%; DMA, 26.8%、AsB 69.1%)であった。本調査で得られた結果から、119名の尿中ヒ素濃度の平均値は304±391μg/g クレアチニン(iAs, 0.5%; MMA, 2.5%; DMA, 36.8%; AsB, 60.2%)で、対照群248名の平均値に比較して約2倍の高値であった。男性の平均値は251±202μg/g クレアチニン(iAs, 0.6%; MMA, 3.4%; DMA, 36.7%; AsB, 59.0%)、女性の平均値は357±510μg/g クレアチニン(iAs, 0.5%; MMA, 1.9%; DMA, 36.7%; AsB, 61.0%)で、男女の値を比較すると、女性の値が高い特徴を認めた。この調査時期、女性はワカメの摂取量が多く、このことからワカメに含有する主要なヒ素がAs-Sugであり、As-Sugの代謝物がDMAであることから、尿中DMA濃度の上昇が推測され、結果において海藻摂取量と尿中DMA濃度との間には有意な相関関係(r = 0.357)が成り立っていた。なお、魚介類摂取量と尿中AsBとの間にも有意な相関関係(r = 0.375)が認められた。
ヒ素摂取と酸化的DNA損傷:
現在、酸化的DNA損傷の有効なマーカーとして、8-OHdGは広く認識されている。健常者248名の平均尿中8-OHdG濃度は15.4±5.60ng/mgクレアチニン、男性128名で15.2±5.19ng/mgクレアチニン、女性120名で15.6±5.49ng/mgクレアチニン、これらの値に性差と年齢差(20-65歳)は認めていない。本調査で得られた結果から、119名の尿中8-OHdG濃度の平均値は17.3±6.79ng/mgクレアチニンで対照群に比較してやや上昇する傾向を示し、両者の間に統計学的な有意差が認められた(p < 0.01)。男女の値をみると、男性は17.6±6.98ng/mgクレアチニン、女性は17.0±6.64ng/mgクレアチニンで有意差は示されなかった。119名の尿中8-OHdG濃度と海藻類、魚介類摂取量との間に統計学的な有意差は認められなかった。また、化学形態別の尿中ヒ素濃度と尿中8-OHdG濃度との間にも相関関係は認められなかった。
まとめ
今日、海藻を食することは栄養学の視点でみれば、有益な食材として広く社会に認知されている。しかしながら、本研究結果で示したごとく、海藻類や魚介類の摂取が大量となる漁業従事者とその家族における一日の総ヒ素摂取量は、都市部に居住する人々に比較して高くなる傾向が明らかとなった。そのなかで、海藻類摂取量と尿中DMA濃度との間における有意な相関関係は、このDMAが無機ヒ素の主要な代謝物と同一であり、一般毒性と発がん性の見解からみて懸念され、今後の重要な研究課題と考える。一方、魚介類摂取からのAsBの過剰摂取は、このヒ素が無毒のヒ素であることから、今後も何らの生体影響に関する問題は生じないと考える。
ヒジキや他の海藻類を食材にする日本の食文化は大事に守る必要性は感じている。しかし、妊婦や乳幼児を中心にミネラルの摂取源として、従来のように海藻類にその役割を求めることは、ヒ素の毒性から変革が必要と感じる。一方、一般の成人においても一度に大量の海藻類の摂取は、過剰の中毒性ヒ素を体内に保持することになり、発がん性のリスク増加の要因になる可能性があり、食する方法に工夫が必要と感じる。
第6回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムの内容:-食の安全と予防医学-(8)農医連携における遺伝子高次機能解析センターの役割
平成20年10月24日に開催された第6回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムのうち、演題「過酸化脂質と疾病」を紹介する。残りの演題と総合討論については、次号以降に順次紹介する。なお、「開催にあたって」「食品安全委員会の5年間の取組と今後の課題」「食生活の現状と課題‐健康維持?おいしさ?安全性の連携‐」「水産物の機能と安全性」「過酸化脂質と疾病」「サルモネラおよびカンピロバクター食中毒‐農の領域から‐」については、情報44号~46号に掲載した。
農医連携における遺伝子高次機能解析センターの役割
医学の基礎研究の大きな部分が動物実験によって支えられて来た事は言うまでもない事であるが、生殖工学技術の進歩とゲノムの基礎データの充実により、これからの医学研究にとって動物実験が果たす役割の重要性は飛躍的に増大した。このような流れに伴い実験動物施設に求められる役割も増大したばかりではなく質的にも変化をせまられている。20世紀末から今世紀初頭にかけてヒト、マウスを始めとする動物種で全ゲノムの塩基配列が決定された。これはいわば辞書が出来たようなもので、今や生物学研究は辞書を片手に進める事が出来る時代(ポストゲノム時代)となった。いくら辞書で個々の単語の意味を知ってもそれは外国語を理解する基礎に過ぎないのと同様、生命現象は単純な物質論の組み合わせだけでは到底理解し得ない極めて複雑な事象である。医生物学研究において、遺伝子機能は多細胞生物体の発生?分化?ホメオスタシスなど高次の生体制御プログラムの文脈中で理解されなければならない。特定の遺伝子を導入、破壊、修飾等した実験動物は個々の遺伝子(産物)の生理的機能、役割、発現の制御、又それらの失調が引き起こす病態を解析するのに極めて有用であり、医学研究には欠かせないものであり、今後の医生物学研究において永続的に必須な手段としての位置を占め続けるだろう。このような状況に於いて動物実験施設に期待される役割?機能も従来の範囲を遥かに越えるものとなっている。次々と作出される遺伝子改変動物は、殆どが指定業者以外のソースからしか供給されないが、これからの実験動物施設はそれらの導入?利用が円滑に行えるような環境を提供する事も必須の条件である。しかし現在新しく造られている多くの動物施設では清浄度を保つ為に、他の施設との動物のやり取りが極端に制限され、非常に研究が制限されてしまうという弊害が出ている。大学の実験動物施設はきれいな動物の博物館ではなく研究を支援する施設である。清浄度の向上と施設の利便性は相容れない問題として捉えられがちだが、本当にそうなのだろうか。
博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@医学部遺伝子高次機能解析センターの試み
博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@医学部付属施設である遺伝子高次機能解析センターはこのような需要の変化に対応すべく従来とは大きく異なる考え方で設計され運営されている動物実験施設である。その主な特徴を列挙すると
このようなやり方で6年間運営して来たが、非常に円滑かつ順調に行っている。SPFエリアへの病原微生物の混入事件も、初期で運営規則の徹底が不十分だった時期に数回起きたが、全て汚染動物の持ち込みによるもので、運営法を徹底してからは全く起こらなくなった。現在当施設はコンパクトで利便性が高く、しかもSPFエリアの清浄度を含めた飼育環境の質の高さは世界的に見ても珍しい施設であり、これからの大学等医学研究所の動物施設の設計?運営の手本になると考えている。
農医連携における遺伝子高次機能解析センターの役割
博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@医学部教授 篠原信賢
医学の基礎研究の大きな部分が動物実験によって支えられて来た事は言うまでもない事であるが、生殖工学技術の進歩とゲノムの基礎データの充実により、これからの医学研究にとって動物実験が果たす役割の重要性は飛躍的に増大した。このような流れに伴い実験動物施設に求められる役割も増大したばかりではなく質的にも変化をせまられている。20世紀末から今世紀初頭にかけてヒト、マウスを始めとする動物種で全ゲノムの塩基配列が決定された。これはいわば辞書が出来たようなもので、今や生物学研究は辞書を片手に進める事が出来る時代(ポストゲノム時代)となった。いくら辞書で個々の単語の意味を知ってもそれは外国語を理解する基礎に過ぎないのと同様、生命現象は単純な物質論の組み合わせだけでは到底理解し得ない極めて複雑な事象である。医生物学研究において、遺伝子機能は多細胞生物体の発生?分化?ホメオスタシスなど高次の生体制御プログラムの文脈中で理解されなければならない。特定の遺伝子を導入、破壊、修飾等した実験動物は個々の遺伝子(産物)の生理的機能、役割、発現の制御、又それらの失調が引き起こす病態を解析するのに極めて有用であり、医学研究には欠かせないものであり、今後の医生物学研究において永続的に必須な手段としての位置を占め続けるだろう。このような状況に於いて動物実験施設に期待される役割?機能も従来の範囲を遥かに越えるものとなっている。次々と作出される遺伝子改変動物は、殆どが指定業者以外のソースからしか供給されないが、これからの実験動物施設はそれらの導入?利用が円滑に行えるような環境を提供する事も必須の条件である。しかし現在新しく造られている多くの動物施設では清浄度を保つ為に、他の施設との動物のやり取りが極端に制限され、非常に研究が制限されてしまうという弊害が出ている。大学の実験動物施設はきれいな動物の博物館ではなく研究を支援する施設である。清浄度の向上と施設の利便性は相容れない問題として捉えられがちだが、本当にそうなのだろうか。
博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@医学部遺伝子高次機能解析センターの試み
博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@医学部付属施設である遺伝子高次機能解析センターはこのような需要の変化に対応すべく従来とは大きく異なる考え方で設計され運営されている動物実験施設である。その主な特徴を列挙すると
- 動物の高い清浄度を保つだけではなく流通性を円滑にする為の「流通エリア」という部分を持つ。このエリアには清浄度に於いて多少問題のある動物も直接受け入れ、実験に使用する事が出来る。さらに3世代以上にわたる維持が必要な場合は動物を提出して貰いクリーン化を行いSPFエリアに入れると同時に凍結胚の保存を行う。
- 生殖工学技術を日常業務の中に取り入れ、動物のクリーン化、胚の凍結等を一般のサービスに組み込んだ。これにより他の施設で作出された様々な遺伝子改変動物を利用する事を容易にした。
- このような機能を持つ流通エリアを防波堤とし、SPFエリアの運営規則は例外を全く認めない完全なものとした。SPFエリアには指定業者からの動物、SPFエリア内で生まれた動物、当施設でクリーン化した動物以外は一切入れない。
- 利用者の必要性を充分に考慮して徹底的に動線を工夫し、不必要な迷信と考えられる規則を排することにより利便性を飛躍的に向上させた。
- 利用者は毎年研究計画書により登録され、登録した利用エリアのみ解錠できるカードキーにより出入りする。
このようなやり方で6年間運営して来たが、非常に円滑かつ順調に行っている。SPFエリアへの病原微生物の混入事件も、初期で運営規則の徹底が不十分だった時期に数回起きたが、全て汚染動物の持ち込みによるもので、運営法を徹底してからは全く起こらなくなった。現在当施設はコンパクトで利便性が高く、しかもSPFエリアの清浄度を含めた飼育環境の質の高さは世界的に見ても珍しい施設であり、これからの大学等医学研究所の動物施設の設計?運営の手本になると考えている。
「農医連携論」の概略:9.重金属元素の生物地球化学的循環-カドミウムとヒ素を中心に-
本年度から開始した「農医連携論」の講師と講義内容(情報:40号の1~3p参照)のうち、「1.農医連携入門、2.医学からみた農医連携、3.農学からみた農医連携」の概略は、情報:40号の3~11pに、「4.東洋医学および代替医療からみた農医連携」の概略は、情報:42号の5~11pに、「5.代替農業論」の概略は、情報:43号の8~14pに、「6.環境保全型畜産」の概略は、情報:44号の10~14pに、「7.鳥インフルエンザ‐感染と対策‐」の概略は、情報:45号の6~16pに、「8. 高病原性鳥インフルエンザとワクチン対策」の概略は、情報:46号の11~16pに紹介した。今回は「9.重金属元素の生物地球化学的循環‐カドミウムとヒ素を中心に‐」について、講師のパワーポイントからその概略を紹介する。
○ 農医連携の課題
農?環境?医療の連携を求めて (養賢堂:2006)
代替医療と代替農業の連携を求めて (養賢堂:2007)
鳥インフルエンザ:農と環境と医療の視点から (養賢堂:2007)
重金属の影響:地殻‐土壌?水?大気‐農?人間 (養賢堂:2008)
地球温暖化:農業?環境?健康への影響?適応?対策(養賢堂:2009)
予防医学と食の安全(養賢堂:出版準備中)
花粉症:農業?森林?生態系?医療
人と動物:公衆衛生の視点から
窒素循環:農?環境?ヒトの窒素過剰問題
人間の健康と機能性食品
東洋医学と環境を媒体にした農の融合
サプリメント
環境ホルモン:時空を超えて、その他
○ 農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響
人類は、文明の進歩とともに地殻から大量の金属を採掘し、地上にそれを拡散させた。とりわけ産業革命により、重金属の必要性は空前の勢いで高まった。その結果、採掘する重金属の種類と量は増大し、必然的に土壌や海洋や大気へ拡散した。このことによって、重金属の生物地球化学的な循環が乱されることになる。
重金属の生物地球化学的な循環が乱されるとは、何を意味するのか。これまで順調に循環していた重金属が、大気に土壌に海洋に過剰な負荷を掛けることになる。土壌に入った過剰な重金属は作物に吸収される。海洋に拡散した重金属はそこに生息する魚介類に摂取される。
その結果、それらを食する人間や動物は、通常より過剰な量の重金属を体内に蓄積する。さらに、その重金属は次の世代の人間や動物に引き継がれることにもなる。食物連鎖による蓄積、世代を超えた人間への重金属の集積である。重金属汚染は、時間と空間を越えた問題なのである。
局在的にではあるが、われわれは不幸にもこのことをすでに経験している。カドミウムによるイタイイタイ病や水銀による水俣病がそれである。将来、この現象は潜在的ではあるが地球上のいたるところで起こる恐れがある。
すでに、FAO(国連食糧農業機関)およびWHO(世界保健機構)により設置されたCODEX(コーデックス)委員会は、食品の国際規格を作成し、食品中のカドミウムなどの規制を法律化している。
この地球にあまねく生存する生命にとって、とくに動物や人間が消費する食物にとって、適切な重金属濃度で生体を維持することは、きわめて重要なのである。地殻から自然界に拡散された重金属は、最終的には土壌?海洋?河川から作物?魚介類?動物を通して人間の体内に蓄積される。このような重金属の問題を解決するためには、農と環境と医療の研究を連携させることが必要なのである。
今回はカドミウムとヒ素を中心に、それらの挙動を生物地球化学、土壌、植物、臨床環境医学および法律の視点から追い、農医連携の科学の一助としたい。
○ 微量元素の大気への放出(Cu, Zn, Pb):Science 272, 223p (1996)
○ カドミウム:人体への影響
毒性:骨や関節が脆弱になるイタイイタイ病。
慢性毒性:肺気腫、腎障害、蛋白尿。
発ガン性物質:
カドミウム米:国際基準、コーデックスでは精米中0.4mg/kg
○ ヒ素:人体への影響
○ カドミウム:人体への影響
有毒:急性症状、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛、場合によってはショック状態から死。
慢性症状:剥離性の皮膚炎、色素沈着、骨髄障害、未梢性神経炎、黄疸、腎不全、ボーエン病
発がん物質:WHO
○ 農医連携の課題
農?環境?医療の連携を求めて (養賢堂:2006)
代替医療と代替農業の連携を求めて (養賢堂:2007)
鳥インフルエンザ:農と環境と医療の視点から (養賢堂:2007)
重金属の影響:地殻‐土壌?水?大気‐農?人間 (養賢堂:2008)
地球温暖化:農業?環境?健康への影響?適応?対策(養賢堂:2009)
予防医学と食の安全(養賢堂:出版準備中)
花粉症:農業?森林?生態系?医療
人と動物:公衆衛生の視点から
窒素循環:農?環境?ヒトの窒素過剰問題
人間の健康と機能性食品
東洋医学と環境を媒体にした農の融合
サプリメント
環境ホルモン:時空を超えて、その他
○ 農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響
人類は、文明の進歩とともに地殻から大量の金属を採掘し、地上にそれを拡散させた。とりわけ産業革命により、重金属の必要性は空前の勢いで高まった。その結果、採掘する重金属の種類と量は増大し、必然的に土壌や海洋や大気へ拡散した。このことによって、重金属の生物地球化学的な循環が乱されることになる。
重金属の生物地球化学的な循環が乱されるとは、何を意味するのか。これまで順調に循環していた重金属が、大気に土壌に海洋に過剰な負荷を掛けることになる。土壌に入った過剰な重金属は作物に吸収される。海洋に拡散した重金属はそこに生息する魚介類に摂取される。
その結果、それらを食する人間や動物は、通常より過剰な量の重金属を体内に蓄積する。さらに、その重金属は次の世代の人間や動物に引き継がれることにもなる。食物連鎖による蓄積、世代を超えた人間への重金属の集積である。重金属汚染は、時間と空間を越えた問題なのである。
局在的にではあるが、われわれは不幸にもこのことをすでに経験している。カドミウムによるイタイイタイ病や水銀による水俣病がそれである。将来、この現象は潜在的ではあるが地球上のいたるところで起こる恐れがある。
すでに、FAO(国連食糧農業機関)およびWHO(世界保健機構)により設置されたCODEX(コーデックス)委員会は、食品の国際規格を作成し、食品中のカドミウムなどの規制を法律化している。
この地球にあまねく生存する生命にとって、とくに動物や人間が消費する食物にとって、適切な重金属濃度で生体を維持することは、きわめて重要なのである。地殻から自然界に拡散された重金属は、最終的には土壌?海洋?河川から作物?魚介類?動物を通して人間の体内に蓄積される。このような重金属の問題を解決するためには、農と環境と医療の研究を連携させることが必要なのである。
今回はカドミウムとヒ素を中心に、それらの挙動を生物地球化学、土壌、植物、臨床環境医学および法律の視点から追い、農医連携の科学の一助としたい。
○ 微量元素の大気への放出(Cu, Zn, Pb):Science 272, 223p (1996)
○ カドミウム:人体への影響
毒性:骨や関節が脆弱になるイタイイタイ病。
慢性毒性:肺気腫、腎障害、蛋白尿。
発ガン性物質:
カドミウム米:国際基準、コーデックスでは精米中0.4mg/kg
○ ヒ素:人体への影響
○ カドミウム:人体への影響
有毒:急性症状、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛、場合によってはショック状態から死。
慢性症状:剥離性の皮膚炎、色素沈着、骨髄障害、未梢性神経炎、黄疸、腎不全、ボーエン病
発がん物質:WHO
○ 地殻?土壌?都市ごみコンポストの重金属含量(ppm)
地殻(クラーク数) | 土壌(Bowen:1966) | 都市ゴミ(渡辺?栗原:1982) | |
Cd | 0.15 | 0.35 (0.01~2) | 2.17 (0.53~6.0) |
As | 2 | 6 (0.1~40) | 2.8 (0.1~6.0) |
Cu | 55 | 30 (2~250) | 213 (42~1,009) |
Zn | 40 | 90 (1~900) | 641 (77~1,670) |
○ 重金属の自然および人為放出量 (×1000t):Tiller 1989
放出源 | 期間 | Cd | Cu | Zn |
自然 | 年 | 0.83 | 18 | 44 |
人為 | 年 | 7.3 | 56 | 310 |
人為 | 全体 | 316 | 2180 | 14000 |
○ 重金属の大気への自然および人為放出量 (100t/yr):Lantzy and Mackenzie 1979
自然 | 人為 | 人為/自然 | |
Cd | 0.3 | 5.5 | 19.0 |
As | 2.8 | 78 | 27.9 |
Cu | 19 | 263 | 13.6 |
Zn | 36 | 840 | 23.5 |
○ 世界のヒ素汚染
○ 世界のヒ素汚染
○ 地理医学:Medical Geology (Geomedicine)
Medical Geology とGeomedicine とは同義語である。とくに北欧の国々ではGeomedicine、国際的にはMedical Geology と称されている。定義は、The branch of medicine dealing with the influence of climate and environmental conditions on health.
「気候や環境条件が人や動物の健康に及ぼす影響を扱う医学部門」と訳しうる。わが国では、地質汚染‐医療地質‐社会地質学会(The Japanese Society of Geo-Pollution Science, Medical Geology and Urban Geology)が2004年12月に設立され、ここではMedical Geology を医療地質と訳している。またこの問題に関連する論文などをみると、地理医学的などとも訳されている。
Medical Geology とGeomedicine とは同義語である。とくに北欧の国々ではGeomedicine、国際的にはMedical Geology と称されている。定義は、The branch of medicine dealing with the influence of climate and environmental conditions on health.
「気候や環境条件が人や動物の健康に及ぼす影響を扱う医学部門」と訳しうる。わが国では、地質汚染‐医療地質‐社会地質学会(The Japanese Society of Geo-Pollution Science, Medical Geology and Urban Geology)が2004年12月に設立され、ここではMedical Geology を医療地質と訳している。またこの問題に関連する論文などをみると、地理医学的などとも訳されている。
○ わが国のヒ素の農用地土壌汚染対策地域
○ 土の健康(農) = 人の健康(医)
○ Medical Geology = Geomedicine =地理(地質)医学
公衆衛生に及ぼす自然環境の影響。国際地質学連合の環境地質学委員会の新部門(2004)
○ 地理医学に関する本
Geomedicine: Jul Lag, CRC Press, Boston, 1990
Geology and Health: H. Catherine, W. Skinner and AR. Berger, Oxford University Press, 2003
Essential of MEDICAL GEOLOGY: Selinus et al., Elsevier, New York, 2004
Environmental Medicine: SM Brooks, Mosby, Boston, 1995
重金属汚染 | 重金属摂取 |
廃棄物 | 添加物 |
過剰農薬 | 過剰医薬 |
過剰肥料 | 過剰栄養 |
成分バランス | 栄養バランス |
健全な呼吸 | 健全な呼吸 |
ダイオキシン類汚染 | ダイオキシン類摂取 |
地力増進 | 健康増進 |
休閑 | 休息 |
○ Medical Geology = Geomedicine =地理(地質)医学
公衆衛生に及ぼす自然環境の影響。国際地質学連合の環境地質学委員会の新部門(2004)
○ 地理医学に関する本
Geomedicine: Jul Lag, CRC Press, Boston, 1990
Geology and Health: H. Catherine, W. Skinner and AR. Berger, Oxford University Press, 2003
Essential of MEDICAL GEOLOGY: Selinus et al., Elsevier, New York, 2004
Environmental Medicine: SM Brooks, Mosby, Boston, 1995
本の紹介 39:長寿遺伝子を鍛える、坪田一男著、新潮社(2008)
本書の参考文献には、2005年から2007年に発表された17報の最新の科学論文が掲載されている。それらは、Nature(5)、Science(1)、JAMA(1)、Cell(9) および Cell Metabolism(1) などいずれも世界的に権威のある学術雑誌である。このことから、本書の内容は最新の科学に基づく信頼性の高いものであることと同時に、科学の事実が実証に耐えるだけの歳月を経ていないという現実もある、という二面性をもつと考えられる。
著者は眼科医である。眼科医がなぜ長寿を考えるのか。「はじめに」の紙数は、このことのために費やされる。著者は、ラジオ波を用いたCK(コンダクティブケラトプラスティー)という視力矯正手術の先駆者である。この手術で視力を回復した中高年の患者が、突然若返る不思議な現象を数多く経験した。
このことから、著者は「年をとる」「若さ」とはなにかを考え、医学は「元気になる」「若返る」ことに介入できる学問であることに気づく。元気?若返るなどのことを学ぶうちに、「アンチエイジング医学」という新しい分野にたどり着き、「長寿遺伝子」が発見されたことを機に、この分野の研究を始める。
「第1章:氷河期を生き延びた遺伝子」では、地球が誕生した46億年前をベースに、生命の誕生から100万年前の人間の誕生にいたるまでの生命の進化を追う。厳しい環境のなかで人類が絶滅をまぬがれるのは、この間に獲得した「生き延びるための遺伝子」がフルに稼働したからであると解説する。その遺伝子は「現代の私」の中にも受け継がれている。これがこの章の主要な解説である。
1980年代後半以降、カロリー制限によって寿命が長くなる事実が、線虫、ハエ、マウスなどを使った動物実験で明らかになり、生物学、免疫学、医学など幅広い分野でこのことが知られるようになった。
カロリー制限による寿命の延長は、霊長類であるアカゲザルにも発現した。これは、生物が進化の過程で脈々として受け継いできた遺伝子によると考えていいだろう。また、長寿大国日本の中でも平均寿命第一位の沖縄県では、100歳以上の長寿者が飛び抜けて多い。この長寿の理由のひとつに「粗食」がある、と著者は語る。
「第2章:進化する長寿健康」は、長寿につながる遺伝子の発見の話である。まず、さまざまな老化説が語られる。老化は以下に示す様々な原因の複合作用によって引き起こされると考えられてきた。排泄しきれない老廃物がたまり老化を引き起こす「老廃物の蓄積説」、免疫力の低下が老化を促進する「免疫力低下説」、ホルモン分泌量の減少による体調変化により老化する「ホルモン低下説」、細胞分裂の繰り返しによる遺伝子エラーで老化する「遺伝子修復エラー説」、細胞分裂不能により老化する「テロメア説」。
根拠が明解で、エイジングの原因として広く認められているのは、「酸化ストレス説」である。鉄が錆びたり、リンゴが変色するように肉体も活性酸素により酸化し、錆びついたり劣化したりして老化が起きるという説である。
新たに「老化遺伝子説」が登場する。米コロラド大学のトーマス?ジョンソンは、線虫のある遺伝子を傷つけると老化、つまりエイジングが抑えられて長生きすることを明らかにした。これが老化遺伝子で「age-1:エイジワン」(1988)と命名された。その後、カリフォルニア大学のシンシア?ケニヨンが「daf-2:ダフツー」(1993)遺伝子を発見する。これらの遺伝子を傷つけることにより、寿命が長くなることが明らかになってくる。
「第3章:"長寿遺伝子"の発見」:キャリー?マリスは、遺伝子を短時間に見える形にしたPCR法を発明し、この方法を酵母菌へ適用する。彼は、酵母菌の寿命に「サーチュイン:Sirtuin」という遺伝子が関係することを発見する。この遺伝子が活性化すると寿命が延びる。これが、世界で初めて発見された「長寿遺伝子」である。サーチュインはレオナルド?ギャランによって2000年に発見されている。
サーチュインの活性化で、ショウジョウバエは30%、線虫は50%寿命が延びた。この遺伝子は、バクテリアからほ乳類のマウス、さらにはヒトにもあることが判明した。カロリー制限という生活習慣によって、サーチュインのスイッチはONになることが証明された。
簡単に言えばこうである。カロリー制限をすると、NAD(ニコチナイド?アデニン?ジヌクレオチド)補酵素の量が増える。そうするとサーチュインが活性化する。このNADはナイアシン(ビタミンB3)を原料として肝臓で作られ、肝臓に貯蔵される。
ナイアシンが不足すると、口内炎や皮膚の炎症、食欲不振、体力低下に陥りやすい。これはマイタケ、タラオ、カツオなどに含まれている。
サーチュインは簡単に活性化できる。摂取カロリーを70%に抑えるだけでいいらしい。赤ワインやピーナッツの皮に含まれるポリフェノールの一種であるレスベラトロールは、サーチュイン遺伝子のスイッチをオンにしてくれるともいう。
「第4章:メタボに学べ」:メタボリックシンドロームが、糖尿病、高脂血症、高血圧、動脈硬化といった生活習慣病を次々とドミノ倒しのように併発することが解説される。このシンドロームの最後に待っているのは、心筋梗塞、脳卒中、心臓病、腎臓病など死にいたるドミノであるという。長寿遺伝子の誤算が、メタボリックシンドロームを呼び寄せたのだと著者は考えている。この部分の詳細は、紙数の関係で省略する。関心のある方は是非この本を読まれたい。
「第5章:カロリーリストリクション」:「カロリー制限」と「長生き」が長寿遺伝子サーチュインを通して繋がっていることが明らかになった。ここで著者は、「カロリー制限」とはあくまでタンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルといった栄養素バランスを保ちつつ、総摂取カロリーだけを通常の70%程度に減らすことであると強調する。
カロリーリストリクションは、細胞の老化に関わる「レプリカティブ?エイジング(細胞は分裂して複製を作りながら、新しい細胞を増殖したり入れ替わったりする。分裂しなくなる度合いを推測する。例えば皮膚の細胞)」と、「ソマティック?エイジング(ひとつの細胞が、分裂しないでどのくらい若さを保てるか。例えば、脳の神経細胞)」の両方を遅らせることが出来るという。
「第6章:長寿の鍵を握るミトコンドリア」:話は、原生生物がミトコンドリアとの共生で酸素を利用し、効率のよいエネルギー生産を行うようになり、やがて多細胞生物、ほ乳類、人類へと進化したことに及ぶ。原生生物は、ミトコンドリアの導入によりエネルギー獲得を解糖系から呼吸系に変換したのである。
そこで、ミトコンドリアが吐き出す活性酸素は、生き物を苦しめ続けることになる。そのことは今も変わらない。しかも、進化し寿命が延びるにしたがって、活性酸素の害はさらに深刻化していく。
ミトコンドリアDNAは、核内DNAと違い核膜に守られていないので、ミトコンドリアが吐き出す活性酸素を大量に浴び、傷つきやすい。そうすると、ミトコンドリアのDNA設計図に間違いが多くなり、新しいミトコンドリアを作ることが難しくなる。特に筋肉細胞にはミトコンドリアが多い。加齢とともに筋肉が衰え、疲れやすくなるのはこのためである。異常な細胞分裂を起こすガン細胞が作られるようになるのもこの現象である。こうして個体そのものが老化していく。
さて、ミトコンドリアの量を増やす鍵として注目されている酵素にAMPキナーゼがある。AMPキナーゼは、ATP(エネルギー代謝の中心的な働きをする)が存在するときは静かに休んでいる。ATPが少なくなると、活発に活動する。脂肪を蓄積する働きを停止し、グルコースをミトコンドリアに取り込んで燃料にするよう命令する。それを燃やしてATPを作ろうとする。ATPをもっと大量に生産するため、ミトコンドリアを増やすことも命令する。
では、AMPキナーゼを活性化するのはどうすればいいか。有酸素運動でどんどんATPを消費し、強制的にATP不足の状況を作ればいい。しかしATP不足が解消され始めると、それに比例してAMPキナーゼの活性はどんどん落ちる。そこで、有酸素運動の合間に筋肉トレーニングなどの無酸素運動をはさむといい。これが、長寿の鍵を握るミトコンドリアの話である。
「第7章:カロリスで老化を防ぐ」:ここでは、上述した活性酸素の害、活性酸素に抵抗する「抗酸化酵素」について解説される。さらに、加齢の進行を妨げるための理想的な食物連鎖の話が展開する。ここで、農医連携の重要性が再認識される。
活性酸素を抑制するものには、「体内でつくられるもの」と「体外から取り込まれるもの」がある。後者は、ビタミンA,C,E、緑色野菜がもつフラボノイド系とカロチノイド系抗酸化物質である。
フラボノイド系には、チャに含まれるカテキン、タンニン、ブルーベリーに含まれるアントシアニン、ゴマに含まれるセサミノール、ダイズに含まれるイソフラボン、マツの木のエキスであるピクノジェノール、イチョウ葉エキスなどがある。カロチノイド系には、緑色野菜のβカロテン、トマトのリコピン、オレンジのゼアキサンチンなどがある。緑葉中に含まれるルテインもカロチノイド系である。
ただし、どんなに優れた栄養素も単独で働いてはいないから、これらを摂取するにしても、バランスが大切であることが強調される。そこで、抗酸素ネットワークの概念が披露される。すなわち、酸化ストレスに対抗するネットワークとは、次のようなことである。
活性酸素の発生そのものを抑える=サンスクリーン(紫外線防止)、禁酒、禁煙。発生した活性酸素を除去する=ビタミンA、C、E、ルテイン。活性酸素を除去する酵素を活性化する=亜鉛、グルタチオン、適量のアルコール。活性酸素を体外に排出する=水をよく飲む、汗をかく、キレーション(解毒)療法。活性酸素による障害を修復する=ビタミンB群、ビタミンE、レシチン。
「第8章:老化は運命か」:この章は、ヒトの皮膚細胞から万能細胞を作ることに成功したiPS細胞、すなわち人工多能性幹細胞の話に収斂し、これがなければ万能細胞になれないという4つの遺伝子の確定で話が終わる。そのために、次の項が設けられている。
病気と老化では大違い/親がガンなら子もガンになるか/人は複雑な生き物か/100歳長寿者のヒトゲノム解析/研究者の新条件/遺伝子に秘められた矛盾/中年からの遺伝子発現に注意!/新たな老化の概念「ステムセル?エイジング」/究極のアンチエイジング、幹細胞移植/ついに登場したiPS細胞/4つの因子が、若返りを可能にする。
「研究者の新条件」の項では、最先端の科学のあり方を示唆する内容も書かれている。例えば、「研究者個人の意欲や積極性といった基本的な資質だけでなく、情報収集力、人脈ネットワークの広さ?強さ、国際性、ときには人徳といったものまでが、研究者に求められる条件となりつつある。多くの謎に包まれた老化のメカニズムの解明も、こうした新しいタイプの研究者たちの活躍にかかっている」。
「第9章:長寿遺伝子のスイッチの入れ方」では、カロリーリストリクションや運動による生活改善によって、長寿遺伝子サーチュインのスイッチがオンされると、説く。米国のノースキャロライナには、これらを実践している人びとの組織があるという。日本にも2000年8月にこの組織が設立されている。
また、カロリーリストリクション(カロリス)の実践編が以下のように述べられている。1)低GI(グライセミック?インデックス:血糖値上昇指数)食品を選ぶ、2)たくさんの色のものを食べる、3)食事を楽しむ、4)食欲を騙す(ティーズ?フードを利用する、5)"空腹感"を鎮める、6)お酒は薬になる程度に、7)日常的な「動き」を増やす、CRミメテックス(擬似的なカロリス)、9)アンチエイジング?ドックのススメ。なお、ホームページも紹介されている。
http://www.crs-j.jp
「第10章:長寿を選択する」は次の項からなり、「どう生きるか」「誰と死ぬか」を考えさせられる。玄孫に会う日/何歳まで生きたいか/ハイリスク?ハイリターン/ごきげんに長生きする方法/フォーカス?イリュージョン。
巻末に、5点の写真提供の出典と17点の最近の参考文献が記載されている。
著者は眼科医である。眼科医がなぜ長寿を考えるのか。「はじめに」の紙数は、このことのために費やされる。著者は、ラジオ波を用いたCK(コンダクティブケラトプラスティー)という視力矯正手術の先駆者である。この手術で視力を回復した中高年の患者が、突然若返る不思議な現象を数多く経験した。
このことから、著者は「年をとる」「若さ」とはなにかを考え、医学は「元気になる」「若返る」ことに介入できる学問であることに気づく。元気?若返るなどのことを学ぶうちに、「アンチエイジング医学」という新しい分野にたどり着き、「長寿遺伝子」が発見されたことを機に、この分野の研究を始める。
「第1章:氷河期を生き延びた遺伝子」では、地球が誕生した46億年前をベースに、生命の誕生から100万年前の人間の誕生にいたるまでの生命の進化を追う。厳しい環境のなかで人類が絶滅をまぬがれるのは、この間に獲得した「生き延びるための遺伝子」がフルに稼働したからであると解説する。その遺伝子は「現代の私」の中にも受け継がれている。これがこの章の主要な解説である。
1980年代後半以降、カロリー制限によって寿命が長くなる事実が、線虫、ハエ、マウスなどを使った動物実験で明らかになり、生物学、免疫学、医学など幅広い分野でこのことが知られるようになった。
カロリー制限による寿命の延長は、霊長類であるアカゲザルにも発現した。これは、生物が進化の過程で脈々として受け継いできた遺伝子によると考えていいだろう。また、長寿大国日本の中でも平均寿命第一位の沖縄県では、100歳以上の長寿者が飛び抜けて多い。この長寿の理由のひとつに「粗食」がある、と著者は語る。
「第2章:進化する長寿健康」は、長寿につながる遺伝子の発見の話である。まず、さまざまな老化説が語られる。老化は以下に示す様々な原因の複合作用によって引き起こされると考えられてきた。排泄しきれない老廃物がたまり老化を引き起こす「老廃物の蓄積説」、免疫力の低下が老化を促進する「免疫力低下説」、ホルモン分泌量の減少による体調変化により老化する「ホルモン低下説」、細胞分裂の繰り返しによる遺伝子エラーで老化する「遺伝子修復エラー説」、細胞分裂不能により老化する「テロメア説」。
根拠が明解で、エイジングの原因として広く認められているのは、「酸化ストレス説」である。鉄が錆びたり、リンゴが変色するように肉体も活性酸素により酸化し、錆びついたり劣化したりして老化が起きるという説である。
新たに「老化遺伝子説」が登場する。米コロラド大学のトーマス?ジョンソンは、線虫のある遺伝子を傷つけると老化、つまりエイジングが抑えられて長生きすることを明らかにした。これが老化遺伝子で「age-1:エイジワン」(1988)と命名された。その後、カリフォルニア大学のシンシア?ケニヨンが「daf-2:ダフツー」(1993)遺伝子を発見する。これらの遺伝子を傷つけることにより、寿命が長くなることが明らかになってくる。
「第3章:"長寿遺伝子"の発見」:キャリー?マリスは、遺伝子を短時間に見える形にしたPCR法を発明し、この方法を酵母菌へ適用する。彼は、酵母菌の寿命に「サーチュイン:Sirtuin」という遺伝子が関係することを発見する。この遺伝子が活性化すると寿命が延びる。これが、世界で初めて発見された「長寿遺伝子」である。サーチュインはレオナルド?ギャランによって2000年に発見されている。
サーチュインの活性化で、ショウジョウバエは30%、線虫は50%寿命が延びた。この遺伝子は、バクテリアからほ乳類のマウス、さらにはヒトにもあることが判明した。カロリー制限という生活習慣によって、サーチュインのスイッチはONになることが証明された。
簡単に言えばこうである。カロリー制限をすると、NAD(ニコチナイド?アデニン?ジヌクレオチド)補酵素の量が増える。そうするとサーチュインが活性化する。このNADはナイアシン(ビタミンB3)を原料として肝臓で作られ、肝臓に貯蔵される。
ナイアシンが不足すると、口内炎や皮膚の炎症、食欲不振、体力低下に陥りやすい。これはマイタケ、タラオ、カツオなどに含まれている。
サーチュインは簡単に活性化できる。摂取カロリーを70%に抑えるだけでいいらしい。赤ワインやピーナッツの皮に含まれるポリフェノールの一種であるレスベラトロールは、サーチュイン遺伝子のスイッチをオンにしてくれるともいう。
「第4章:メタボに学べ」:メタボリックシンドロームが、糖尿病、高脂血症、高血圧、動脈硬化といった生活習慣病を次々とドミノ倒しのように併発することが解説される。このシンドロームの最後に待っているのは、心筋梗塞、脳卒中、心臓病、腎臓病など死にいたるドミノであるという。長寿遺伝子の誤算が、メタボリックシンドロームを呼び寄せたのだと著者は考えている。この部分の詳細は、紙数の関係で省略する。関心のある方は是非この本を読まれたい。
「第5章:カロリーリストリクション」:「カロリー制限」と「長生き」が長寿遺伝子サーチュインを通して繋がっていることが明らかになった。ここで著者は、「カロリー制限」とはあくまでタンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルといった栄養素バランスを保ちつつ、総摂取カロリーだけを通常の70%程度に減らすことであると強調する。
カロリーリストリクションは、細胞の老化に関わる「レプリカティブ?エイジング(細胞は分裂して複製を作りながら、新しい細胞を増殖したり入れ替わったりする。分裂しなくなる度合いを推測する。例えば皮膚の細胞)」と、「ソマティック?エイジング(ひとつの細胞が、分裂しないでどのくらい若さを保てるか。例えば、脳の神経細胞)」の両方を遅らせることが出来るという。
「第6章:長寿の鍵を握るミトコンドリア」:話は、原生生物がミトコンドリアとの共生で酸素を利用し、効率のよいエネルギー生産を行うようになり、やがて多細胞生物、ほ乳類、人類へと進化したことに及ぶ。原生生物は、ミトコンドリアの導入によりエネルギー獲得を解糖系から呼吸系に変換したのである。
そこで、ミトコンドリアが吐き出す活性酸素は、生き物を苦しめ続けることになる。そのことは今も変わらない。しかも、進化し寿命が延びるにしたがって、活性酸素の害はさらに深刻化していく。
ミトコンドリアDNAは、核内DNAと違い核膜に守られていないので、ミトコンドリアが吐き出す活性酸素を大量に浴び、傷つきやすい。そうすると、ミトコンドリアのDNA設計図に間違いが多くなり、新しいミトコンドリアを作ることが難しくなる。特に筋肉細胞にはミトコンドリアが多い。加齢とともに筋肉が衰え、疲れやすくなるのはこのためである。異常な細胞分裂を起こすガン細胞が作られるようになるのもこの現象である。こうして個体そのものが老化していく。
さて、ミトコンドリアの量を増やす鍵として注目されている酵素にAMPキナーゼがある。AMPキナーゼは、ATP(エネルギー代謝の中心的な働きをする)が存在するときは静かに休んでいる。ATPが少なくなると、活発に活動する。脂肪を蓄積する働きを停止し、グルコースをミトコンドリアに取り込んで燃料にするよう命令する。それを燃やしてATPを作ろうとする。ATPをもっと大量に生産するため、ミトコンドリアを増やすことも命令する。
では、AMPキナーゼを活性化するのはどうすればいいか。有酸素運動でどんどんATPを消費し、強制的にATP不足の状況を作ればいい。しかしATP不足が解消され始めると、それに比例してAMPキナーゼの活性はどんどん落ちる。そこで、有酸素運動の合間に筋肉トレーニングなどの無酸素運動をはさむといい。これが、長寿の鍵を握るミトコンドリアの話である。
「第7章:カロリスで老化を防ぐ」:ここでは、上述した活性酸素の害、活性酸素に抵抗する「抗酸化酵素」について解説される。さらに、加齢の進行を妨げるための理想的な食物連鎖の話が展開する。ここで、農医連携の重要性が再認識される。
活性酸素を抑制するものには、「体内でつくられるもの」と「体外から取り込まれるもの」がある。後者は、ビタミンA,C,E、緑色野菜がもつフラボノイド系とカロチノイド系抗酸化物質である。
フラボノイド系には、チャに含まれるカテキン、タンニン、ブルーベリーに含まれるアントシアニン、ゴマに含まれるセサミノール、ダイズに含まれるイソフラボン、マツの木のエキスであるピクノジェノール、イチョウ葉エキスなどがある。カロチノイド系には、緑色野菜のβカロテン、トマトのリコピン、オレンジのゼアキサンチンなどがある。緑葉中に含まれるルテインもカロチノイド系である。
ただし、どんなに優れた栄養素も単独で働いてはいないから、これらを摂取するにしても、バランスが大切であることが強調される。そこで、抗酸素ネットワークの概念が披露される。すなわち、酸化ストレスに対抗するネットワークとは、次のようなことである。
活性酸素の発生そのものを抑える=サンスクリーン(紫外線防止)、禁酒、禁煙。発生した活性酸素を除去する=ビタミンA、C、E、ルテイン。活性酸素を除去する酵素を活性化する=亜鉛、グルタチオン、適量のアルコール。活性酸素を体外に排出する=水をよく飲む、汗をかく、キレーション(解毒)療法。活性酸素による障害を修復する=ビタミンB群、ビタミンE、レシチン。
「第8章:老化は運命か」:この章は、ヒトの皮膚細胞から万能細胞を作ることに成功したiPS細胞、すなわち人工多能性幹細胞の話に収斂し、これがなければ万能細胞になれないという4つの遺伝子の確定で話が終わる。そのために、次の項が設けられている。
病気と老化では大違い/親がガンなら子もガンになるか/人は複雑な生き物か/100歳長寿者のヒトゲノム解析/研究者の新条件/遺伝子に秘められた矛盾/中年からの遺伝子発現に注意!/新たな老化の概念「ステムセル?エイジング」/究極のアンチエイジング、幹細胞移植/ついに登場したiPS細胞/4つの因子が、若返りを可能にする。
「研究者の新条件」の項では、最先端の科学のあり方を示唆する内容も書かれている。例えば、「研究者個人の意欲や積極性といった基本的な資質だけでなく、情報収集力、人脈ネットワークの広さ?強さ、国際性、ときには人徳といったものまでが、研究者に求められる条件となりつつある。多くの謎に包まれた老化のメカニズムの解明も、こうした新しいタイプの研究者たちの活躍にかかっている」。
「第9章:長寿遺伝子のスイッチの入れ方」では、カロリーリストリクションや運動による生活改善によって、長寿遺伝子サーチュインのスイッチがオンされると、説く。米国のノースキャロライナには、これらを実践している人びとの組織があるという。日本にも2000年8月にこの組織が設立されている。
また、カロリーリストリクション(カロリス)の実践編が以下のように述べられている。1)低GI(グライセミック?インデックス:血糖値上昇指数)食品を選ぶ、2)たくさんの色のものを食べる、3)食事を楽しむ、4)食欲を騙す(ティーズ?フードを利用する、5)"空腹感"を鎮める、6)お酒は薬になる程度に、7)日常的な「動き」を増やす、CRミメテックス(擬似的なカロリス)、9)アンチエイジング?ドックのススメ。なお、ホームページも紹介されている。
http://www.crs-j.jp
「第10章:長寿を選択する」は次の項からなり、「どう生きるか」「誰と死ぬか」を考えさせられる。玄孫に会う日/何歳まで生きたいか/ハイリスク?ハイリターン/ごきげんに長生きする方法/フォーカス?イリュージョン。
巻末に、5点の写真提供の出典と17点の最近の参考文献が記載されている。
本の紹介 40:自然治癒力を高める生き方、帯津良一監修、NPO法人日本ホリスティック医学協会編著、コスモトゥーワン(2006)
アインシュタインは、わたしたちが直面する重大な問題は、その問題が生じたときと同じ考え方をしていたのでは解決できないと、かつて警告したことがある。おそらく彼の警告は、このホリスティック医学の問題でも同じように扱うことができるのではないか。
がん細胞を作り出す生命体を治癒するには、正しく機能していない細胞をただ切除するよりも、生命体そのものを治療する方が効果的であろう。本書は、このような新しい考え方を具体的に紹介している。
内容は、序章:自然治癒力が主役の時代/1章:これから望まれる真の医療とは/2章:医療の中心は患者の癒す力/3章:自然治癒力を高める養生法/4章:自然治癒力を高める実践的治療法/5章:生活習慣病を予防するために/あとがき/巻末資料/参考?引用文献、から構成されている。
「序章:自然治癒力が主役の時代へ」では、本書ができあがるまでの経緯が説明される。すなわち、本書は「自然治癒力とは何か」について考えようという市民プロジェクトの一環として企画?編集されたものである。このなかでシンポジウムや連続講座を行い、これを加筆?再編集して一般向けの単行本として発刊されたものである。
プロジェクトの趣旨は、日本においても「代替医療」や「ホリスティック医学」といった言葉がしだいに浸透し始めたが、こうした行動が一般化しないまま、一部の動きにとどまっているのはなぜか、医療選択の自由の幅を広げる運動を推進する必要がある、これらが市民の側から起こることが求められる、などの問題点を「自然治癒学プロジェクト」を通して、新たな医療の場を医療者と市民が共同してつくりだしていこうとしたところにある。
この本は、「NPO法人日本ホリスティック医学協会」が編纂したものである。この協会が考えるホリスティックな健康とは、「精神?身体?環境がほどよく調和し、与えられている条件において最良のクオリティ?オブ?ライフ(生活の質)を得ている状態」としている。なお、協会のホームページは、http://www.holistic-medicine.or.jp である。
「1章:これから望まれる真の医療のすがたとは?」では、世界中で新たな医療の時代が始まっていることが具体的に紹介される。これまでの医者に治してもらう受け身の医療から、自分の力で健康を取り戻す能動的な医療へと新たな医療の時代が始まったことが語られる。
そこでは西洋医学を、人間を機械のごとく見なし、故障した部品の修理を得意とするデジタルな医学と見なす。一方、代替医療は、人間を周囲の環境条件によって常にゆらいでいる存在と捉え、全体的な機能を高めるためのファジーな医療と見なす。
機械の故障は、その原因を調べて不良部品を交換するという、外からの介入によってしか修理できないが、人間の場合は自己の中に「治そうとする力」が備わっている。医者は、その力を最大限に引き出すための処置をするにすぎない。その「治そうとする力」が、本書の「自然治癒力」であると解説する。この力には、病気にならないための予防法としての可能性も秘められている。
世界には、このことに適合する代替医療が数多くある。アメリカのNIH(国立衛生研究所)のNCCAM(代替医療の臨床研究情報を集約する情報機関)では、代替医療を次の5つのカテゴリーに分類している。1) 代替医療システム、2) 心身創刊を利用した治療的介入、3) 生物学的理論に基づく療法、4) 手技療法?身体へのアプローチ、5) エネルギー療法
次に、主な代替療法が紹介される。アーユルベーダ、オステオパシー、カイロプラックティック、ナチュロパシー、ホメオパシー、シュタイナー医学、ヨガ、気功、サプリメント、心身相関療法(各種セラピー)。
さらに、欧米における代替療法が紹介される。アメリカでは、急激に研究が進み、論文の数も爆発的に増えているという。内容は、カイロプラクティックが50%、マッサージが26%、中国伝統医療が11%、自然療法が2%、ホメオパシーが2%、鍼灸両方が7%などである。カイロプラクティックやオステオパシードクターの地位が高いようである。
イギリスでは、王室が各種の代替療法をバックアップしている。王立のホメオパシー病院が5つある。ドイツでは、自然療法が医師国家試験科目になっているほど進んでいる。ハーブ、ホメオパシー、温泉療法、鍼などが盛んに行われている。ドイツ人のほぼ9割がまず自然療法を利用して、それで効果がないようなら西洋医学を受診するといわれている。
フランスでは、代替医療は医師と歯科医師と助産婦しか施術できない。ホメオパシーは、医学部のカリキュラムに導入されている。オーストラリアでは、自然療法が学位の対象になっている。カイロプラクティックをはじめ、キネシオロジー、指圧、ハーバル?メディスン(薬草による治療法)などが盛んである。
これらの国に対して、日本は非常に遅れているという。最近では、アロマセラピーやサプリメントなどを補完的に導入する医療機関も少しずつ増えてはいるが、ごく一部で自由診療であるため、費用は患者の全額負担となる。
この章では、この他「個人と環境の関係性を重視するホリスティック医学」の項で、現場での重要事項が紹介されたり、「生命を生命たらしめているエネルギー場」の項では、人間をエネルギー的存在と捉えて自然治癒力が解説されたり、「ホリスティック医学の現場」の項では、具体的に4つのクリニックが紹介され、診断や治療の内容も記載されている。
「2章:医療の中心は患者の癒す力」では、いのちと自然治癒力とは表裏一体のもので、一人ひとりの自然治癒力が高まれば、社会の治癒力が高まり、やがて国や地域全体の治癒力が高まる、というホリスティックな視点で、「いのちと自然治癒力」「真の医療者が備えるべき三つの要素」「一人ひとりのナラティブ(物語)を大切にする医療」の項が設けられ、かなり抽象的で形而上的な解説が行われる。
続く「信頼感と安心感が痛みを軽減」「患者の価値観を無条件に受け入れる」の項では、極めて具体的な患者の経験が語られる。
この章の後半の半分は、この本の重要な部分である。「自然治癒力の三つの働き」の項では、現代医学が捉える自然治癒力の働きが紹介される。それらは、恒常性維持機能(ホメオスターシス)、自己防衛機能(生体防御)、自己再生機能(生体修復)?再生であり、それらの機能が解説される。
「免疫力とがんとの関係」の項では、自己神経のバランスをはかって免疫系の働きを回復させれば、細胞のがん化はもちろん、がんの細胞の移転、再発も抑えられる可能性が大きいと言い切る。
「治癒力を高めるのはモノ? それとも心?」の項では、自律神経?内分泌系?免疫系が三位一体となって、自然治癒力の働きを発揮しているという。つまり、「モノ」でも「人」でも「環境」でも、患者がもっている"関係性"が治癒の鍵を握っているということである。すなわち、何かのきっかけさえあれば、こころの治癒力のスイッチが入り、それが最終的に症状を改善させることにつながっていくと説く。
最後の四分一の項は「自然治癒力と心の気づき」「心がイキイキ動き出すとき」「ホリスティック医学から見た"がん"」「癌を癒す心の働き」と題して、具体的な心のケアが紹介され、前向き思考が奨励される。
「3章:自然治癒力を高める養生法」
この章では、これからの「医療の目的?全人的な健康とは?病気の原因とは?根本的な治療」に関する説明があり、自然治癒力を高めるための養生法が紹介される。
「心の養生法」の項では、心理学の「エコグラム」が紹介され、自分自身を知ることから始めることが必要であると説く。「エコグラム」を活用して、人の心を「厳しい心?愛性の心?大人の心?自由な心?順応する心」の5つに分類し、その性格分けが行われる。
以下、「自律神経を安定する方法」「イメージ瞑想」「食の養生法」「心身にいい"食"のとり方」「気の養生法」「気功の基本は瞑想」「脳を休める"亀の呼吸"」「自宅でできる"背骨ゆらし"」「野外でできる"樹林気功"」「癒しのある生活」「NK細胞を活性化させるユーモアスピーチ」「副交感神経を優位にする方法」「世界の先住民に学ぶ自然生活」「循環型社会が一人ひとりの治癒力を高める」「自然育児のすすめ」などが具体的に紹介される。
「4章:自然治癒力を高める実践的治療法」では、前章の予防医学としての養生法に続いて、自然治癒力を高めるための代替療法が紹介される。ここでは、専門的な治療家やセラピストによる他者療法と、自分でできる自己療法が具体的に紹介される。
他者療法: 整体、アロマセラピー、リフレクソロジー、イメージ療法、演劇療法、絵画療法、音楽療法、エネルギー療法、エドガー?ケイシー療法、波動療法
自己療法:ハーブ療法、バッチフラワーメディー、マクロビオテック、ゲルソン療法、
その他、「生命力を賦活するホメオパシー」「ホリスティックな療法の普及を」「メンタルヘルスケアとボディーワーク」「メルティングストローク:心と体をひらくボディーワーク」「さまざまな手技を用いるボディーワーク」「自然の中で癒される森林療法」「自然の生命場と交流する体感療法」「がんを生きる12カ条」の項があり、さまざまな解説や具体例が紹介される。
「5章:生活習慣病を予防するために」の「自然治癒力を高めるための生活習慣」の項では、次の10カ条を提案している。1) 生命力を高める食習慣に帰る、2) 姿勢を調える、3) 呼吸を整える、4) 心を落ち着かせる、5) 適度な運動と快眠をとる、6) 快い「場」での交流を大切にする、7) 喫煙?多量飲酒を控える、8) 薬?抗生物質を乱用しない、9) 自分にあった代替療法を活用する、10) 自分が納得できる人生観をもつこと。
これまでの医療には、個々人の取り組みをサポートするシステムが整っていなかったので、現在ホリスティック医学協会は、「生活習慣病予防士」と「生活習慣病予防指導士」の養成を勧めているという。
また、生活習慣病の予防法を学ぶ市民講座が開催されている。講座の特徴/こんな人におすすめ/主なカリキュラム/個人にとっての利点/団体にとっての利点/受講できる機関、などが紹介されている。
「巻末資料」には、エコグラムの評価表、自然治癒学プロジェクト講師陣、自然治癒学プロジェクト推進委員、自然治癒学プロジェクト支援会員一覧日本ホリスティック医学協会役員、日本ホリスティック医学協会沿革、本部事務局などが掲載されている。
がん細胞を作り出す生命体を治癒するには、正しく機能していない細胞をただ切除するよりも、生命体そのものを治療する方が効果的であろう。本書は、このような新しい考え方を具体的に紹介している。
内容は、序章:自然治癒力が主役の時代/1章:これから望まれる真の医療とは/2章:医療の中心は患者の癒す力/3章:自然治癒力を高める養生法/4章:自然治癒力を高める実践的治療法/5章:生活習慣病を予防するために/あとがき/巻末資料/参考?引用文献、から構成されている。
「序章:自然治癒力が主役の時代へ」では、本書ができあがるまでの経緯が説明される。すなわち、本書は「自然治癒力とは何か」について考えようという市民プロジェクトの一環として企画?編集されたものである。このなかでシンポジウムや連続講座を行い、これを加筆?再編集して一般向けの単行本として発刊されたものである。
プロジェクトの趣旨は、日本においても「代替医療」や「ホリスティック医学」といった言葉がしだいに浸透し始めたが、こうした行動が一般化しないまま、一部の動きにとどまっているのはなぜか、医療選択の自由の幅を広げる運動を推進する必要がある、これらが市民の側から起こることが求められる、などの問題点を「自然治癒学プロジェクト」を通して、新たな医療の場を医療者と市民が共同してつくりだしていこうとしたところにある。
この本は、「NPO法人日本ホリスティック医学協会」が編纂したものである。この協会が考えるホリスティックな健康とは、「精神?身体?環境がほどよく調和し、与えられている条件において最良のクオリティ?オブ?ライフ(生活の質)を得ている状態」としている。なお、協会のホームページは、http://www.holistic-medicine.or.jp である。
「1章:これから望まれる真の医療のすがたとは?」では、世界中で新たな医療の時代が始まっていることが具体的に紹介される。これまでの医者に治してもらう受け身の医療から、自分の力で健康を取り戻す能動的な医療へと新たな医療の時代が始まったことが語られる。
そこでは西洋医学を、人間を機械のごとく見なし、故障した部品の修理を得意とするデジタルな医学と見なす。一方、代替医療は、人間を周囲の環境条件によって常にゆらいでいる存在と捉え、全体的な機能を高めるためのファジーな医療と見なす。
機械の故障は、その原因を調べて不良部品を交換するという、外からの介入によってしか修理できないが、人間の場合は自己の中に「治そうとする力」が備わっている。医者は、その力を最大限に引き出すための処置をするにすぎない。その「治そうとする力」が、本書の「自然治癒力」であると解説する。この力には、病気にならないための予防法としての可能性も秘められている。
世界には、このことに適合する代替医療が数多くある。アメリカのNIH(国立衛生研究所)のNCCAM(代替医療の臨床研究情報を集約する情報機関)では、代替医療を次の5つのカテゴリーに分類している。1) 代替医療システム、2) 心身創刊を利用した治療的介入、3) 生物学的理論に基づく療法、4) 手技療法?身体へのアプローチ、5) エネルギー療法
次に、主な代替療法が紹介される。アーユルベーダ、オステオパシー、カイロプラックティック、ナチュロパシー、ホメオパシー、シュタイナー医学、ヨガ、気功、サプリメント、心身相関療法(各種セラピー)。
さらに、欧米における代替療法が紹介される。アメリカでは、急激に研究が進み、論文の数も爆発的に増えているという。内容は、カイロプラクティックが50%、マッサージが26%、中国伝統医療が11%、自然療法が2%、ホメオパシーが2%、鍼灸両方が7%などである。カイロプラクティックやオステオパシードクターの地位が高いようである。
イギリスでは、王室が各種の代替療法をバックアップしている。王立のホメオパシー病院が5つある。ドイツでは、自然療法が医師国家試験科目になっているほど進んでいる。ハーブ、ホメオパシー、温泉療法、鍼などが盛んに行われている。ドイツ人のほぼ9割がまず自然療法を利用して、それで効果がないようなら西洋医学を受診するといわれている。
フランスでは、代替医療は医師と歯科医師と助産婦しか施術できない。ホメオパシーは、医学部のカリキュラムに導入されている。オーストラリアでは、自然療法が学位の対象になっている。カイロプラクティックをはじめ、キネシオロジー、指圧、ハーバル?メディスン(薬草による治療法)などが盛んである。
これらの国に対して、日本は非常に遅れているという。最近では、アロマセラピーやサプリメントなどを補完的に導入する医療機関も少しずつ増えてはいるが、ごく一部で自由診療であるため、費用は患者の全額負担となる。
この章では、この他「個人と環境の関係性を重視するホリスティック医学」の項で、現場での重要事項が紹介されたり、「生命を生命たらしめているエネルギー場」の項では、人間をエネルギー的存在と捉えて自然治癒力が解説されたり、「ホリスティック医学の現場」の項では、具体的に4つのクリニックが紹介され、診断や治療の内容も記載されている。
「2章:医療の中心は患者の癒す力」では、いのちと自然治癒力とは表裏一体のもので、一人ひとりの自然治癒力が高まれば、社会の治癒力が高まり、やがて国や地域全体の治癒力が高まる、というホリスティックな視点で、「いのちと自然治癒力」「真の医療者が備えるべき三つの要素」「一人ひとりのナラティブ(物語)を大切にする医療」の項が設けられ、かなり抽象的で形而上的な解説が行われる。
続く「信頼感と安心感が痛みを軽減」「患者の価値観を無条件に受け入れる」の項では、極めて具体的な患者の経験が語られる。
この章の後半の半分は、この本の重要な部分である。「自然治癒力の三つの働き」の項では、現代医学が捉える自然治癒力の働きが紹介される。それらは、恒常性維持機能(ホメオスターシス)、自己防衛機能(生体防御)、自己再生機能(生体修復)?再生であり、それらの機能が解説される。
「免疫力とがんとの関係」の項では、自己神経のバランスをはかって免疫系の働きを回復させれば、細胞のがん化はもちろん、がんの細胞の移転、再発も抑えられる可能性が大きいと言い切る。
「治癒力を高めるのはモノ? それとも心?」の項では、自律神経?内分泌系?免疫系が三位一体となって、自然治癒力の働きを発揮しているという。つまり、「モノ」でも「人」でも「環境」でも、患者がもっている"関係性"が治癒の鍵を握っているということである。すなわち、何かのきっかけさえあれば、こころの治癒力のスイッチが入り、それが最終的に症状を改善させることにつながっていくと説く。
最後の四分一の項は「自然治癒力と心の気づき」「心がイキイキ動き出すとき」「ホリスティック医学から見た"がん"」「癌を癒す心の働き」と題して、具体的な心のケアが紹介され、前向き思考が奨励される。
「3章:自然治癒力を高める養生法」
この章では、これからの「医療の目的?全人的な健康とは?病気の原因とは?根本的な治療」に関する説明があり、自然治癒力を高めるための養生法が紹介される。
「心の養生法」の項では、心理学の「エコグラム」が紹介され、自分自身を知ることから始めることが必要であると説く。「エコグラム」を活用して、人の心を「厳しい心?愛性の心?大人の心?自由な心?順応する心」の5つに分類し、その性格分けが行われる。
以下、「自律神経を安定する方法」「イメージ瞑想」「食の養生法」「心身にいい"食"のとり方」「気の養生法」「気功の基本は瞑想」「脳を休める"亀の呼吸"」「自宅でできる"背骨ゆらし"」「野外でできる"樹林気功"」「癒しのある生活」「NK細胞を活性化させるユーモアスピーチ」「副交感神経を優位にする方法」「世界の先住民に学ぶ自然生活」「循環型社会が一人ひとりの治癒力を高める」「自然育児のすすめ」などが具体的に紹介される。
「4章:自然治癒力を高める実践的治療法」では、前章の予防医学としての養生法に続いて、自然治癒力を高めるための代替療法が紹介される。ここでは、専門的な治療家やセラピストによる他者療法と、自分でできる自己療法が具体的に紹介される。
他者療法: 整体、アロマセラピー、リフレクソロジー、イメージ療法、演劇療法、絵画療法、音楽療法、エネルギー療法、エドガー?ケイシー療法、波動療法
自己療法:ハーブ療法、バッチフラワーメディー、マクロビオテック、ゲルソン療法、
その他、「生命力を賦活するホメオパシー」「ホリスティックな療法の普及を」「メンタルヘルスケアとボディーワーク」「メルティングストローク:心と体をひらくボディーワーク」「さまざまな手技を用いるボディーワーク」「自然の中で癒される森林療法」「自然の生命場と交流する体感療法」「がんを生きる12カ条」の項があり、さまざまな解説や具体例が紹介される。
「5章:生活習慣病を予防するために」の「自然治癒力を高めるための生活習慣」の項では、次の10カ条を提案している。1) 生命力を高める食習慣に帰る、2) 姿勢を調える、3) 呼吸を整える、4) 心を落ち着かせる、5) 適度な運動と快眠をとる、6) 快い「場」での交流を大切にする、7) 喫煙?多量飲酒を控える、8) 薬?抗生物質を乱用しない、9) 自分にあった代替療法を活用する、10) 自分が納得できる人生観をもつこと。
これまでの医療には、個々人の取り組みをサポートするシステムが整っていなかったので、現在ホリスティック医学協会は、「生活習慣病予防士」と「生活習慣病予防指導士」の養成を勧めているという。
また、生活習慣病の予防法を学ぶ市民講座が開催されている。講座の特徴/こんな人におすすめ/主なカリキュラム/個人にとっての利点/団体にとっての利点/受講できる機関、などが紹介されている。
「巻末資料」には、エコグラムの評価表、自然治癒学プロジェクト講師陣、自然治癒学プロジェクト推進委員、自然治癒学プロジェクト支援会員一覧日本ホリスティック医学協会役員、日本ホリスティック医学協会沿革、本部事務局などが掲載されている。
言葉の散策 27:四苦八苦
語源を訪ねる 語意の真実を知る 語義の変化を認める
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る
「四苦八苦」しながら毎月「情報:農と環境と医療」を刊行している。いつの間にか3年と10月の歳月が経った。人間として逃れられない必然的な苦しみが、仏教用語では「四苦八苦」なそうだから、生きている限りこれから逃れることはできないのだろう。「四苦」の「生老病死(しょうろうびょうし)」は、「情報:農と環境と医療 8号」でとりあげた。この「言葉の散策」では、筆者がよく知らない残りの「八苦」を取り上げる。その前に、生老病死の「四苦」の語源をおさらいしておこう。
生:「土」の上の横棒は土の表面。下の横棒は底土。表面から上に出ているのが植物の芽。上の横棒と下の横棒の間の縦棒は、植物の根。「生」は、この「土」から草の生える形。進むの意味。説文に「進むなり、艸(そう)木の生じて土上に出づるに象(かたど)る」という。なお、「生」は成長して「世」。「世」は、草木の枝葉が分かれて新芽が出ている形。また、「生」は成長して「姓」。「姓」は、血縁的集団。
老:「老」は長髪の人の側身形。その長髪の垂れている形。七は化の初文。化は人が死して相臥す形。哀残の意を以て加える。「説文」に「老なり。七十を老と曰ふ。人生の七(わく)するに従ふ。須(鬚)髮(しゅはつ)の白に變ずるを言うなり」とするが、七は人の倒形である。「左伝」に「桓公立ちて、乃ち老す」のように、隠居することをもいう。経験が久しいので、老熟の意となる。また、長毛で背の曲がった老人が杖をついているさまにかたどる。「ラウ」の音は、背中が曲がっている意と関係がある。
病:「説文」に「疾、加はるなり」、「玉篇」に「疾、加はるなり」とあり、「礼記」に「曾子、疾に寝(い)ねて、病(へい)なり」のように用いる。疾が名詞、病はその状態をいう。疾病に限らず、すべて心身の憂慮や疲弊の甚だしいことをいう。また、音符の(やまい)と、音符の丙(へい)「益(ま)し加わる意」とから成る。病状が益し加わって重くなる、危篤の状態になる意。
死:(がつ)+人。は人の残骨の象。人はその残骨を拝し弔う人。死の字形からいえば、一度風化しのち、その残骨を収めて葬るのであろう。葬は草間に死を加えた字で、その残骨を収めて弔喪することを葬という。いわゆる複葬である。
さて、生老病死の四苦に、「愛別離苦(あいべつりく):愛する者と別れ離れる苦しみ。仏教で、親子?兄弟?夫婦など愛し合う者同士が生別?死別するつらさ?悲しみ」、「怨憎会苦(おんぞうえく):怨み憎む者とも会わなければならない苦しみ」、「求不得苦(ぐふとくく):求めても得られない苦しみ」、「五陰盛苦(ごおんじょうく):肉体や心の働きが盛んであるがゆえの苦しみ」の四苦が加わって八苦になる。
釈迦は、あらゆる現象は無情であり、生じたり滅したりする性質を持ち、生じてはまた滅する、一切は苦であると説く。では、どうしたら苦なる状態を脱した理想の境地に至ることが出来るのか。それを仏教では、四諦説、四聖諦説という形で説いている。「諦」というのは、「真実?真理」の意味で、迷いと悟りへの義を四つの項目に分けて説明したものである。
第一は苦諦、第二は集諦(じったい)、第三は滅諦、第四は道諦である。苦諦は、人生は苦であるという現象世界の真実をさす。その苦諦が上述した四苦八苦である。集諦は、苦がどのような原因から生ずるかと言うことの探究である。滅諦は、苦とは逆の理想状態で涅槃の境地を指す。道諦は、その理想の境地に達するための進み行くべき道筋を示したものである。
具体的には、八正道という実践法が説かれる。正見(正しい見解)、正思(正しい思惟)、正語(正しい言葉)、正業(正しい行為)、正命(正しい生活)、正精進(正しい努力)、正念(正しい思念)、正定(精神を集中して瞑想)を行うことである。
科学を志した若い頃、東大寺の仏殿の鴨居に掛けられていた「正見」という文字が忘れられない。「正見」は、科学にとって極めて重要な事項のひとつである。さて、筆者は「正見」ひとつとっても満足に出来ていないと痛感することしきり。
参考資料
字通:白川 静、平凡社(1997)
字統:白川 静、平凡社(1994)
大字源:角川書店(1993)
日本国語大辞典:小学館(1979)
中国土壌分類和土地利用:林蒲田(1996)
仏教入門:松尾剛次、岩波ジュニア新書(1999)
四字熟語辞典:田部井文雄編、大修館書店(2004)
*本情報誌の無断転用はお断りします。
- 博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@学長通信
情報:農と環境と医療47号 -
編集?発行 博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@学長室
発行日 2009年2月1日