生化学教室

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核小体

当研究室では、核小体の構造と機能、染色体構造制御を介した遺伝子発現制御機構の解明、シグナル伝達経路の解明を目指し研究を行っています。これらの研究から、がん悪性化の分子基盤の解明に貢献します。また、抗感染症薬の開発も進めています 。

研究内容

クロマチン制御機構に関する研究

ヒトの細胞一つに収納されている染色体DNAは伸ばすと約2メートルに及ぶといわれています。この長いDNAが直径わずか10ミクロンの核に収納されるためには、クロマチン構造を形成することが必要です。クロマチンはコアヒストンの周りに147塩基対のDNAが巻き付いたヌクレオソームを一つの単位として形成され、リンカーヒストンやその他多くのクロマチンタンパク質が結合することによって高度に凝縮しています。私たちの研究室では、ヒストンの動態を制御する ヒストンシャペロン を同定して(Okuwaki M. et. al, JMB, 2001)、その機能解析を行ってきました。染色体の構造がどのように安定に形成されるのか、遺伝子発現とどのように関連するのか、といった疑問を解決すべく研究を行っています。我々が研究を進めているTAF-I、NPM1、NAP1といったヒストンシャペロンは、体細胞におけるクロマチン制御に加えて、 精子核クロマチン のリモデリングにも重要な役割を担うことが示唆されています(Okuwaki et. al., NAR, 2012)。これらの研究は、受精後のクロマチン動態の変化、精子クロマチン構造形成の仕組みの解明にも取り組んでいます。

核小体の構造と機能に関する研究

核小体は細胞核に形成される核内構造体です。核小体の機能は主にタンパク質翻訳装置であるリボソームを合成することです。リボソームは18S、5.8S、28S、5Sの4種類のリボソームRNA(rRNA)と80種類のリボソームタンパク質からなる巨大複合体です。18S、5.8S、28S rRNAは1本の前駆体rRNAとしてRNAポリメラーゼIによって核小体の中で合成され、様々なRNA結合タンパク質、RNA修飾因子の助けを借りて3種類のrRNAに成熟します。5S rRNAは核小体の外でRNAポリメラーゼIIIによって合成され、核小体にはこばれ、リボソームに取り込まれます。 リボソームは細胞を増殖するためのタンパク質合成に関わるため、がん細胞や幹細胞など増殖の活発な細胞では、リボソーム合成速度が速く、核小体も肥大化していることが知られています。したがって、核小体は細胞の がん 化や幹細胞の 未分化性維持 など、疾患とのかかわりも示唆されています。さらに、リボソーム合成は細胞のエネルギーの多くを消費する反応であることから、細胞のエネルギー状態を検知する機能があると考えられており、この機能が 細胞の 老化 と密接にかかわることが明らかになってきました。 個体の 老化 は種を超えて見られる 生命現象ですが、その仕組みはよくわかっていません。核小体の構造と機能の解明を通して、がんをはじめとする疾患の原因や細胞老化の仕組みの解明に取り組んでいます(Ueshima et. al., MCB, 2017)。

癌悪性化の分子基盤に関する研究

これまでの研究からクロマチン制御に関わるヒストンシャペロンの機能を明らかにしてきました。ヒストンシャペロンはヒストンと直接相で互作用して、その非特異的DNA結合を抑制すること、クロマチン構造形成を促進すること、クロマチンからヒストンを除くことなどの活性を有します。最近の研究から、我々が同定したヒストンシャペロンが、転写因子と直接結合しその機能制御に関わることが明らかになりました。ヒストンシャペロンNPM1は、転写因子Nuclear Factor kapp B (NFkB)のDNA結合領域に直接結合し、DNA結合活性を促進することを見出しました。NFkBは 炎症応答 、 免疫応答 に重要な転写因子であることから、NPM1はNFkBを介した炎症を介した細胞のがん化促進機能を有する可能性が示唆されます(Lin et. al., NAR, 2017)。NPM1はがん細胞で発現亢進していることから、NFkBの機能促進を通してがん細胞の転移にもかかわることが示唆されます。NPM1はNFkBのみならずいくつかの免疫応答の転写因子との相互作用も見出されており(Abe et. al., FEBS Letters、2018)、炎症応答や感染応答の場で起こる転写制御機構の解明に向けて研究を行っています。

チオプリン製剤の容量最適化に資する検査系の構築

A チオプリン製剤の細胞内への取り込み. AZA, azathiopurine; 6-MP, 6-mercaptopurine; HPRT, hypoxanthine phosphoribosyltransferase; TIMT, thioinosine monophosphate; IMPDH, inosine monophosphate dehydrogenase; GMPS, guanosine monophosphate synthetase; T(d)GMP, 6-thio-(deoxy) guanosine monophosphate; T(d)GDP, 6-thio-(deoxy) guanosine diphosphate; T(d)GTP, 6-thio-(deoxy) guanosine triphosphate; 6-TG, 6-thioguanine; 6-TGNs, 6-thioguanine nucleotides B チオプリン製剤の代謝経路. TPMT, thiopurine S-methyltransferase; XO, xanthine oxidase; 6-MMP, 6-methylmercaptopurine; (Me)TIMP, (methyl) thioinosine monophosphate; (Me)TIDP, (methyl) thioinosine diphosphate; (Me)TITP, (methyl) thioinosine triphosphate; ITPA, inosine triphosphate pyrophosphatase; MeTGMP, metyl thio-guanosine monophosphate; MeTGDP, metyl thio-guanosine diphosphate; MeTGTP, metyl thio-guanosine triphosphate; NUDT15, nudix hydrolase 15; NT5C2, cytosolic 5’-nucleotidase ll

6-メルカプトプリンやアザチオプリン、6-チオグアニンなどのチオプリン製剤は、抗腫瘍剤や免疫抑制剤として使用される。チオプリン製剤は多くの疾患に使用される薬剤で、近年の免疫疾患で陥られる抗体製剤や分子標的薬と比較して安価で、半世紀にわたって使用されるエビデンスの高い薬剤である。

チオプリン製剤は、細胞内で代謝され活性代謝産物である6-thio-(d)GTPとなり、DNAやRNAに取り込まれ、細胞毒性を発揮するものと考えられる。チオプリン製剤の服用によって、用量依存的に発生する重度の白血球減少症や全脱毛が生じることがあり、投与量の調節が非常に難しい薬剤である。また、近年のゲノムワイド関連解析によって、副作用の発現にnudix hydrolase 15 (NUDT15)遺伝子のp.Arg139Cys多型が関連することが明らかとなった。この多型はアジア人の炎症性腸疾患や小児ALL患者におけるチオプリン誘発性骨髄抑制と強く相関することが明らかになっている。

日本人では、Arg139Cysの多型は20%、ホモ多型は約1%存在するものと推定されている。このことから、チオプリン服用前のNUDT15 Arg139コドンの遺伝子検査が保険適用となっている。

一方、臨床現場においては、チオプリンの投与量設計は、少量から開始して段階的に投与量を増やしながら維持投与量を決定するという、細心の注意を払う必要がある。NUDT15酵素の発現量の違いや、Arg139コドン以外の変異に依存している可能性が考えられる。

したがって、臨床現場に置けるチオプリン投与量設計をより簡便に行うためには、NUDT15遺伝子検査に加えて、NUDT15酵素活性を直接測定する検査法の開発が必要である。

我々の研究室では、患者血液検体を用いたNUDT15酵素活性の測定法を開発し、この手法の臨床現場における有用性の検証を進めている。この研究は、北里研究所病院IBDセンターと国立医薬品食品衛生研究所と共同で進めています。

プロテオミクス技術を用いたシグナル伝達機構に関する研究

がんなどヒトのさまざまな疾患は細胞の増殖を制御するシグナル伝達系の異常の結果です。生化学研究室では、細胞内シグナル伝達系の全貌をプロテオミクス技術をもちいて可視化することを目指しています。わたしたちは、細胞の中で、細胞増殖のシグナルを伝えるシグナル伝達系の構成要素を研究しています。 がんや糖尿病 など多くの疾患がこの系の異常に起因しているからです。その中でも、特に重要と考えられている、タンパク質リン酸化に焦点をあて、細胞を刺激した時や、細胞が異常になった時に、どのようにリン酸化のパターンが変化するかを調べています。

白血病発症機構に関する研究

遺伝子発現の調節は、転写、スプライシング、mRNAの核外輸送など様々なステップで厳密にコントロールされており、それらの破綻ががんを引き起こすことがあります。ヒストンシャペロンの中には、がん細胞で変異型を発現しがん化に関わっているものがあります。私たちはそのようなタンパク質を介した発がん機構の解析を行っています(Saito et. al., MCB, 2016) 。 ヒストンシャペロンの一つであるTAF-Iの融合遺伝子産物を発現するトランスジェニック(Tg)マウスでは血球分化の抑制が起こり、脾臓の肥大化が見られました。どのようなメカニズムで分化抑制が起きたのか、分子レベルで明らかにしたいと考えています。

抗感染症薬の開発

生化学研究室では、柴垣芳夫講師を中心として、微生物薬品製造学教室との共同研究により、あらたなウイルス因子を標的とする、 抗インフルエンザ薬 の創製を目指しています。インフルエンザウイルスは感染後、核内で複製し、mRNAを合成します。その際に、mRNAのCap構造を合成できないので、宿主細胞のmRNAからCap部分を切り出し、その3'側に自身のmRNAを合成します。このCap-snatching反応と呼ばれる反応は、ウイルスに特異的であり、宿主細胞には存在しないことから、新規の抗ウイルス薬の標的として適切なものです。生化学研究室では独自にCap-snatching反応評価系を開発し、この反応系を用いて、薬剤スクリーニングを行っています。