研究コラム 高校物理に潜む相対性理論?序論

担当:猿渡 茂 (物性物理学講座 コンピュータ?シュミレーションユニット 准教授)

力学の基本方程式はその適用対象によって異なる

いきなりですが、力学の基本方程式はその適用対象によって異なります。
運動の第2法則(運動方程式)F= ma は古典力学の法則であり、物体の速さ v が光速 c に比べて十分小さく、物体の大きさが光学顕微鏡で見える最小の粒子(?0.1μm)より大きい場合にのみ成り立ちます。大きい方は、銀河系をはるかに超えて、宇宙全体でも成り立つらしい...
いろいろな力学の名称と基本法則の発見者をまとめると、

特に、マクロとミクロでは基本方程式の数式自体が全く異なっています。

では電磁気学の基本方程式は?

(電場に関する)ガウスの法則、磁場に関するガウスの法則、 アンペールの法則、ファラデーの電磁誘導則の4つ。
法則の名前はあらわには書かれていない教科書もありますが、どれも高校物理の教科書にあるものです。これらの法則を表す基本方程式は、少し形式は変わりますが、古典力学の領域に限らず成立することが知られています。高校物理では、古典力学と電磁気学の初歩を学びますが、それらの基本方程式の適用範囲が異なるために、物理の教科書に載っているような題材でもよく考えるとおかしなことになっています。

具体例を示しましょう。駅を通過する急行電車(速さ一定とします)の中で携帯電話をとすと...

電車内にいる人    → 自由落下運動
駅のホームにいる人 → 放物運動(水平投射)

が観測されます。どちらにいる人からみても、運動方程式 ma =F= -mg は共通で、 運動の軌道のちがいは初速度のちがいで説明できます。
重力の大きさは物体がどのような速さで動いていたとしても変わらず、「携帯電話は落とした人の足下に落ちる」という運動の結果も、車内の人が見ても駅のホームにいる人が見ても(見にくいかもしれませんが)変わりません。

もし物体に働く力が物体の速さによって変わるとしたらどうでしょうか。
高校物理の教科書によれば、 「磁束密度Bの中を速さ v で運動する電荷qを持った粒子には、 ローレンツ(Lorentz)力FL= qvB として、 速さに比例する力がはたらく。」と書かれています。これを粒子と同じ速度で動いている人から見れば

v = 0 ? → FL= ma = 0 ??  → a = 0 ???

止まって見えている粒子の加速度a が0なので、粒子はずっと静止したままということになってしまいます。 見ている人が動いているかどうかで、運動の結果も変わってしまいます。これは何かおかしい。動いている人が見るときは、ローレンツ力ではない何か別の力が働いているはず!

最も簡単な系で考えてみましょう。
-e の電荷をもつ電子が、電流と平行に動いている場合を想定します。電子の速さ v は導線中を流れている電流の電子の速さ注1)と同じとします。 まず、静止している人が見た状況(a)を考えましょう。
直線電流Iが r 離れた位置につくる磁束密度は、アンペールの法則(物理教科書)によれば、

電流と平行に速さ v で動いている電子に働く力の大きさは

となり、電流からの距離rに反比例することが分かります。

次に、電子と同じ速さ v で右方向に動いている人が見た状況(b)を考えましょう。
電子は止まって見えますが、導線全体が速さ v で左方向に動いていることになります。導線の実体は正の電荷をもった銅イオンとみなせるので、やはり電流は左方向に流れており、その結果として(a)と同様な同心円状の磁束密度が存在しています。電子からみれば、同じ大きさB' の磁束密度注2)が左方向から動いてくることになりますが、速さが0なのでローレンツ力はかかりません。他の力として考えられるのは、クーロン力(静電気力)しかないでしょう。電子は負の電荷をもっているので、電子が引きつけられるには注3)導線が正の電気を帯びていなければなりません。残念ながら、動いている人が見ると、どうして導線が電気をおびるのか、高校の物理では説明できず、相対性理論を考える必要があります。

電流(すなわち電子)が平行に流れている状況は電磁気学において特別なものではありません。
国際単位系(SI)における1A(アンペア)は平行電流間に働く力を基にして定義されています。(物理教科書)

1Aとは、「1m隔てて平行に置かれた2本の導線に同じ強さの電流を流したとき、導線間に働く力が 1mあたり 2×10-7N になるときの電流の強さ」です。

一般に、相対性理論は光速に近いような速さで動いている物体の運動を考えるときにだけ必要になると思われています。しかし電磁気がからんでくると、このような通常の速さの運動にもその効果がはっきりと、しかしひそかに現れています。この続きは模擬講義「高校物理にひそむ相対性理論」でお話し致します。

注1)通常の1A程度の電流では、導線中の電子の速さは、われわれの直感に反して、信じられないくらいゆっくりです。物理の教科書中の「問い」になっているので、やってみましょう。
注2)普通に考えると、導線中の銅イオンの密度と電子の密度は同じなので、電流の大きさは変わらず、磁束密度の大きさも変わらないと思われますが、そうならないところがポイントです。
注3)直線状に並んだ電荷と点電荷の間にはたらくクーロン力の大きさが、r2ではなくrに反比例することは、ガウスの法則を使うと証明できます。