蛋白質は20種類のアミノ酸が数珠つなぎになり、複雑に折り畳まれることでそれぞれ特徴的な三次元構造を取ります。この三次元構造には特定の凹凸が存在し、この凹凸はパズルのピースのように形がはまり合う分子同士だけを認識して結合できるように制御されています。また、単に、蛋白質同士だけではなく、蛋白質と核酸や低分子化合物との結合にもこの性質は保存されています。つまり、蛋白質の立体構造がわかれば、他の分子とどのようにして結合するか、そのメカニズムを知ることができるようになります。
しかし、蛋白質は非常に小さな分子のため光学顕微鏡で直接観察することはできません。そこで、私達はより小さな分子を見る方法であるNMR, X線, 電子顕微鏡を使って蛋白質はどのような構造を持ち、どのようにして他の分子を認識して結合するのか?そのメカニズムを原子分解能で明らかにするためのに、主に、以下の課題について研究を行ってきました。
さらに、分子の相互作用状態を立体構造解析だけではなく、質量分析計で明らかにする研究も進めています。
生理条件下で調製したタンパク質は、通常立体構造を保持しています。一方、この立体構造はX線結晶構造のようにあるエネルギー状態を代表した構造ではなく、NMRで観測されるように溶液中で存在可能な各構造の存在率で重み付けられた統計学的な平均構造を形成しているはずです。一方、いつかの質量分析による研究では溶液中のタンパク質の質量分析で得られた構造情報がX線結晶構造と一致しないことから、質量分析による手法では構造状態を明らかにでき (てい) ないと考えるケースも存在していました。
そこで、本研究では生理条件下でタンパク質の分子表面を標識することで、溶液中における構造状態を観測しました。その結果、溶液試料を測定する質量分析は、NMRのように溶液中の統計学的な平均構造を観察している可能性を明らかにしました。
参考文献: BBRC (2023)
プロテオミクスでは生体試料中に存在する数千種類のタンパク質に由来する数万種類の酵素消化ペプチド断片を同定する必要があります。さらに、異なる状態間の同定ペプチドの強度比を解析することで、病因解明や機能解析の一助ともなる技術です。一方、同定ペプチド群には、強度を見積もるには不正確なピーク形状 (重なりや弱い信号強度) や、ノイズを含む場合があります。従来では、ある閾値を設け、かつ、人が各ペプチドピークを精査することで状態間のペプチドピークの強度比を求めていました。しかし、質量分析計の高性能化に伴い、より多くのペプチドピークが抽出され、膨大なピークを統一した基準で人により精査することは不可能な状況となっています。
そこで、本研究では複数の異なるアルゴリズムを持つ教師あり機械学習を用いて、それぞれペプチドピークの判定を行い、高い精度でペプチドピークのみを抽出?同定する方法を解析しました。
また、本方法は、the Analytical Scientistで紹介されました。
参考文献: Sci. Rep. (2021)
本項目に関連した教育実績(※北里大での):卒研 (19-21年度各1名), 修士 (20-21年度各1名)
真正細菌は重合したFtsZで形成されたリング(Z-リング)が細胞の中央部に現れると、リング上に様々な蛋白質が相互作用しはじめ、タンパク質の構造変化やFtsZの脱重合によりリングが収縮することで細胞が分裂します。本研究では、FtsZがどのようにして自己重合するか、重合構造へはどのような構造変化が生じるか?また、脱重合を抑制する阻害化合物はなぜ細胞分裂を阻害できるのか?X線結晶構造解析や分子動力学シミュレーションにより複数の構造状態を解き明かすことでこのメカニズムを解明しました。
参考文献: Acta Crst. D (2012), J. Biol. Chem. (2014), Bioorg. Med. Chem. Lett. (2017), Sci. Rep. (2024)
HIV-2ヌクレオキャプシド蛋白質 (NCp8) はHIV-2の複製の各段階に関わる多機能蛋白質です。本研究では、NMRによりNCp8の立体構造とRNAとの相互作用解析を行うことで、HIV-2 NCp8がどのようにしてウイルスRNAと相互作用するか明らかにした。
参考文献: J. Biochem. (2007), Biophys. Biochem., Res. Commun. (2007), Biochemistry (2009)
ハブ毒の一種であるホスホリパーゼA2(PLA2)はこれまで、単量体および二量体構造が知られていました。今回、私達は結晶構造解析、質量分析および分析用超遠心によって、細胞膜のリン脂質に似た構造を取るSDSが細胞膜結合性を持つPLA2を二量体化することを明らかにしました。この結果から、ある種のPLA2は細胞膜と結合してはじめて二量体化する可能性を示すことができました。
参考文献: Sci. Rep. (2019)
本項目に関連した教育実績(※北里大での):卒研 (20年度1名, 21年度2名), 修士 (22年度1名)
低分子有機化合物はこれまで医薬品をはじめとして人類の生活の様々な場面で利用されてきました。本研究では、立体構造情報を活用した新たな人工酵素の開発を目指し、植物や細菌由来の低分子化合物の合成酵素についての構造?機能解析を行ってきました。
参考文献: Acta Cryst. F (2015), FEBS J. (2016), J. Biol. Chem. (2017)
ペプチド性抗生物質は、これまでにリボソーム由来の翻訳後修飾されたものや、非リボソームペプチド合成酵素により合成されてものが知られていました。近年、第3のペプチド性抗生物質が発見され、このペプチド性抗生物質を合成するペプチドリガーゼの構造解析を行い、その生合成機構の一端を立体構造解析により解明しました。
参考文献: Nature Chem. Biol. (2015)
本項目に関連した教育実績(※北里大での):卒研 (19-20年度各1名)