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動物生殖学研究室 永野 昌志
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絶滅が危惧される野生動物の保護?増殖のためには、生息地の回復と同時に飼育下にある個体の繁殖効率を向上させる必要があると考えられます。しかし、ひとつの施設内だけで繁殖を続けると、その施設内の血縁関係は近くなり、近親交配を行うこととなります。近親交配により、体格の矮小化や繁殖性の低下など、いわゆる近交弱勢という状態になることが知られており、これを避けるため、施設間での動物の交流が行われています。しかし、動物の移動には多大なコストがかかる上、動物自身に与えるストレスも大きいものとなります。また、せっかく動物を移動させても雌雄の相性が悪く、交配が成立しないこともあります。たとえ、交配が上手くいったとしても、日本国内に飼育されている希少動物の数には限りがあるため、国内だけで繁殖を続けていては遠からず近交弱勢に陥ることは避けられません。
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一方、牛などの家畜においては、人工繁殖技術が広く普及しており、国内はもちろん世界中で凍結保存された精子や胚のやり取りがなされています。凍結された配偶子は移動が簡便なだけでなく、半永久的な保存も可能となることから、野生動物種の繁殖計画策定や遺伝資源の保存が効率的に行えるようになると考えられます。
われわれ動物生殖学研究室では、牛の体外受精技術やヒツジの人工授精技術の改良に関する研究を行うとともに、これらで培った経験を動物園で飼育されている希少動物種に応用するための研究も行っています。牛やヒツジでは比較的容易に精子を採取することが可能で、凍結保存も一般的に実施され、世界的な精液販売も盛んです。しかし、凍結した精子の融解後の生存性は著しく低下しており、腟内ではなく子宮内に直接注入する必要があります。そこで、ヒツジにおいては腹腔内視鏡を用いて子宮を観察しながら注射針を用いて子宮内に精子を注入して人工授精を行う方法が世界的に行われています。この方法はネコ科希少野生動物種においても一般的に使用されている方法ですが、特殊な機材とそれを扱う技術が必要です。また、全身麻酔と外科的処置が必要となりますので、どの施設でも簡単に実施できるものではありません。そこで当研究室では、外科的処置を必要とせず、凍結融解精液を腟深部へ注入するだけで高い受胎率を実現できるような、精子にダメージを与えない新しい精子保存法の開発に取り組んでいます。
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また、家畜においてはホルモン投与による発情周期のコントロール法が開発されていますが、野生動物種においては、そもそも発情周期の詳細が分かっていないことの方が多く、精子を採取?保存しても適切なタイミングで使用することが困難でもあります。そこで、共同研究契約を締結している仙台市八木山動物公園とともに、様々な動物種に対してホルモン投与を行い、その後の卵巣状態について超音波画像診断装置を用いて観察し、人工授精を実施しています。同時に、血中ホルモン濃度を測定して排卵の起こるタイミングを検討することで、確実に妊娠を成立させられる人工授精方法の確立を目指しています。
以上の様に、動物資源科学科動物生殖学研究室では家畜の人工繁殖技術を生息域外で飼育されている希少野生動物種に応用し、種の保存と遺伝的多様性の維持に貢献していきたいと考えています。