SDGs

Vol. 8 “牛を食べる”ジレンマと向き合う

~SDGs達成に向けて、今求められる繁殖学研究の役割とは~

獣医臨床繁殖学研究室 日下裕美

世界的な生活水準向上に伴い、我々人間の食生活における動物性たんぱく質の摂取量は大幅に上昇しました。その消費を支えるために、20世紀後半に集約型畜産(飼育頭数を最大限に高め、多くの場合は屋内で飼育を行う形態)が世界各地に広がり、牛の飼養頭数も増加し、今では私たちはほぼ毎日スーパーで牛肉や牛乳を購入できるようになりました。

しかし一方で、この畜産形態の変化による環境負荷が問題視されています。排せつ物増加による水質?土壌汚染、飼育場所を確保するための森林伐採、また牛は世界の主要な家畜の中でも、温室効果ガス排出量が多く、畜産における排出量の約60%が牛由来です。1
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さらに牛肉?牛乳の生産のためには大量の穀物を消費します(牛肉1㎏の生産に約13㎏の穀物を消費)。世界には飢餓で苦しむ人がおよそ8億人いると言われている中で、畜産物生産のあり方も議論されています。このような食糧?環境問題の解決は、持続可能な開発目標(SDGs)に含まれており国際的にも重要視されています。

畜産物としての牛を対象とした獣医繁殖学領域の研究は、これまでは繁殖性の向上によってもたらされる生産性や収益性の最大化、それによる人間の生活の豊かさが一番の目的でした。しかし近年、SDGs達成のためにも牛の繁殖効率の向上が欠かせないと言われています。2

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牛の繁殖効率が高まると、なんでSDGs達成に近づくことができるの?
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例えば、ここに100頭の母牛を飼養する農場があるとします。毎年100頭中60頭の母牛が受胎し、新たに60頭の子牛を分娩すると仮定します。この牛群の受胎率は60%でした(A)。この牛群の繁殖性がさまざまな要因によって阻害されると、受胎率は低下し、仮に100頭中50頭の母牛しか受胎できなければ、受胎率は50%になります(B)。

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さて、この農場は元の生産性を維持するためにどのような方法をとるでしょうか。最も簡単な方法は、母牛を120頭に増やすことです。受胎率が50%でも60頭の子牛の生産が可能になるからです(C)。

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しかし、このような解決法では、牛群内に生産に貢献しない牛が増えてしまいます。図の例では、生産に貢献しない牛が40頭であったのが60頭にまで増えています。このような牛の増加は、言うまでもなく上述した食糧?環境問題を増悪させてしまいます。反対に牛群の繁殖性を阻害する要因を取り除き、繁殖効率を高められれば穀物消費の削減や環境負荷の低減に貢献することが可能になります。2

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些細な発情サインも見逃さない!牛の人工授精受胎率アップに貢献

私達、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@獣医学部獣医臨床繁殖学研究室では、牛の繁殖効率を向上させるために最適な交配のタイミングを決定するための『牛の発情行動』に関する研究を行っています。雌牛は発情期に活動量が増え、雌同士での特徴的な発情行動を示します。日本などのような人工授精による繁殖管理が主体の国では、この発情を正確に検出することが、繁殖効率を高めるうえで非常に重要です。
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馬に乗っている男性低い精度で自動的に生成された説明


近年、牛群の多頭飼育化や労働人口の減少のため、個々の牛の発情行動を観察する手間やコストが膨大になり、一般の農場における発情検出力の低下が指摘されています。そのため牛の肢や首に装着する加速度センサーや歩数計などのような発情検出補助器具が実用化されていますが、これらの器具を使用しても発情が検出できない牛が存在します。

そこで当研究室では、発情期のより繊細な行動の変化を活用した交配適期の設定方法の確立を目指しています。発情期間中の牛の行動を24時間監視カメラで録画し、その行動と排卵時刻との関係を調査しています。さらに、これらの情報をもとに、カメラ監視システムを応用した映像情報による発情検出システムの開発を、早稲田大学知覚情報システム?メディアインテリジェンス研究室との共同研究として実施しています。
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私達、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@獣医学部獣医臨床繁殖学研究室は、牛の繁殖効率の向上のための課題解決を通じてSDGsの達成に貢献していきます。

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参考文献

1)Gerber PJ, Steinfeld H, Henderson B, Motter A, Opio C, Dijkman J, Falcucci A, Tempio G. Tackling climate change through livestock - A global assessment of emissions and mitigation opportunities. Food and Agriculture organization of the United Nations (FAO), Rome 2013. http://www.fao.org/3/i3437e/i3437e.pdf

2)阪谷美樹. ?SDGs における繁殖生物学の役割 地球温暖化と家畜繁殖 ~牛が増えると温暖化が進む?~. 日本繁殖生物学会(2021オンラインセミナー), http://reproduction.jp/NewHP/image/JRD_Japanese_review_MS_20220107.pdf

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