薬理学教室

薬理学教室

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行動薬理学的、電気生理学的、生化学的な多面的アプローチを駆使し、慢性疼痛や痒み、うつ?ストレスなど中枢神経系疾患の病態生理の神経薬理学的解明と新規治療薬開発につながる基盤の確立を目指しています。

研究内容

1.慢性疼痛の病態解明と新規治療薬開発へと結びつく薬理学的探究

痛みは急性痛と慢性痛とに分けられます。急性痛は外傷や疾患に伴う症状のひとつであり、生体に対する警告信号としての重要な役割を果たします。しかし、疾患や組織損傷の治癒後、あるいはそれらとは無関係に慢性的に痛みが持続する場合があり、このような痛みはもはや生理的な意義を持たず、痛みそれ自体が有害な疾患であると言えます。


神経障害性疼痛(neuropathic pain)は、末梢および中枢神経系の損傷や機能異常に起因する慢性疼痛です。安静時の自発痛、痛覚過敏、本来痛みを生じない刺激で痛みを感じるアロディニアなどが特徴的な症状として現れます。非ステロイド性抗炎症薬やオピオイド性鎮痛薬が奏効しない場合が多く、新規治療薬の開発が望まれています。 発症や疼痛維持のメカニズムに関しても未解明な点が多、多くの研究機関が取り組んでいる大きな課題です。

 

脳や脊髄スライス標本を用いた電気生理学

脊髄や脳のスライス標本はニューロン間のネットワークが保たれているのが大きな利点で、興奮性?抑制性シナプス伝達の生理学的研究や薬理学的研究に適しています。

 

後根を付けて作製した脊髄スライス標本

マウスから摘出して作製した後根付き脊髄スライス標本を用いて、後角の膠様質(substantia gelatinosa; SG)ニューロンから痛みを伝えるAδ-線維やC-線維を介する興奮性シナプス電流を記録することができます。痛みの病態生理や鎮痛薬の作用機序をシナプス伝達という機能レベルで研究する上で、私たちが持っている強力な技術のひとつです。

 

イオンチャネル(Ca2+チャネルα2δサブユニット#1などを含む)、トランスポーター(グリシントランスポーター、GABAトランスポーターなど)さらに最近は脂質#2(ガングリオシドなど)などを分子ターゲットとして研究しています。
             
#1α2δサブユニット
α2δリガンドのプレガバリンなどのガバペンチノイドが、脊髄に作用するだけではなく、上位中枢に作用して内在性の疼痛抑制系である下行性ノルアドレナリン神経を活性化して鎮痛作用を示すことを明らかにしています。 行動薬理学的研究と電気生理学的研究の成果の一部は、神経障害性疼痛治療薬リリカ(プレガバリン)やタリージェ(ミロガバリン)の添付文書に引用されています。

 

#2ガングリオシド
脂質は、細胞膜などを形成することで、生物を形作る基本的な物質ですが、近年いくつかの脂質が細胞外のメディエーターとして新たな働きをしていることが明らかとなってきました。しかし、それら以外にもまだまだ多くの脂質分子が存在し、ほとんどの脂質の痛みにおける機能はわかっていません。 そこで脂質(分子の機能)と痛み(動物個体の機能)の関係を明らかにし、得られた知見を応用することで鎮痛を目的とした創薬を目指しています。
生体膜を形成する主な脂質は、リン脂質、コレステロール、スフィンゴ脂質に分けられます。特に、我々が注目している糖脂質(スフィンゴ脂質の一種)は、 親水部分である糖鎖に極めて多くの多様性が存在することを最大の特徴としています。糖脂質は、セラミドにグルコースやガラクトースなどの多様な単糖が結合し、糖の種類と結合の分岐の仕方により非常に多くの構造を持ちます。
中でも、シアル酸という単糖を持つ糖脂質はガングリオシドと呼ばれ、長い糖鎖を持つタイプのGM1、GD1a、GD1b、GT1bなどは神経系に豊富に含まれています。GT1bというガングリオシドをマウスの足底に投与すると痛みを引き起こすことが明らかとなり、そのメカニズムの解明などを行っています。

2.うつ病?不安障害における中枢機能異常の病態解明と新規治療薬の開発

うつ病や不安障害では主症状だけでなく、認知機能(記憶や集中力など)障害や頭痛などの中枢機能異常が多く現れ、QOLの低下や社会復帰の妨げとなります。個々の症状が現れる病態の解析や有効な薬物のターゲットを見つけることで、これらの問題を解決することが大切だと考え、行動試験、シナプス伝達の解析、タンパク分子の変動など様々な角度から新規治療薬のターゲットを探索しています。

 

迷路での行動解析によるワーキングメモリーの評価

Y-字型迷路試験とはマウスが迷路内を探索する際に直近に探索した通路をどの程度覚えているかを評価する実験系です。
生命薬化学研究室との共同研究でストレスによるワーキングメモリーの低下に対して有効な化合物の開発研究を行っています。

 

スライスのシナプス伝達解析による記憶改善薬の評価

記憶に重要な海馬は、一時的に強い刺激が入ると、その後も伝達が増強され続ける性質を持っています(波形: 黒→緑)。これをシナプス可塑性といい、記憶の分子機構として考えられています。

 

以前に抗鬱作用があることを報告した薬物が脳内炎症で障害されたシナプス可塑性(赤)を改善させる(緑)ことを明らかにしました。