東洋医学総合研究所 漢方臨床研究室

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多成分である漢方薬の特性を考慮した評価法を用いて漢方薬の薬効を客観的に評価し、分子メカニズムの解明に向けた研究を行っています。さらに研究成果を臨床応用するための創薬?育薬研究(新規天然物医薬品開発、ドラッグリポジショニング等)を行っています。

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研究内容

1. 漢方薬のがん治療への応用の可能性

 漢方薬はがん支持療法(がん治療に伴う副作用を予防あるいは軽減するための治療)に応用されていますが、抗がん作用やがん転移抑制作用の効能効果が承認されたものはありません。

1-1. 麻黄湯のがん転移抑制作用と作用機序

 がん転移モデルマウスへの麻黄湯の経口投与ががん転移を抑制することを見出しました。麻黄湯は麻黄、杏仁、甘草、桂皮から構成される漢方薬ですが、麻黄湯の転移抑制作用は麻黄に由来し、麻黄ががん細胞の発現する肝細胞増殖因子 (HGF) 受容体c-Metのリン酸化を阻害し、下流のAktのリン酸化が低下することで、がん細胞の運動能が抑制されることがわかりました。本研究から麻黄がc-Met阻害作用を有することを初めて明らかにしました。その後、c-Met発現ヒト肝がん由来細胞をヌードマウスに移植し、麻黄を経口投与した結果、腫瘍増殖が有意に抑制されることが分かりました。これらの研究成果から、特許第5786164号「麻黄を成分とするMET阻害剤」を取得しました。
 

1-2. 分子標的治療薬耐性ヒト非小細胞肺がんに対する麻黄の併用効果の解析

 日本人のがん死亡原因1位の肺がんの中で、これまで難治性であった非小細胞肺がん(NSCLC)は、分子標的治療薬である上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)が著効し長期生存が可能になりました。しかし、数年以内に耐性を獲得し、がんが再燃することが臨床上問題となっています。NSCLC耐性獲得の原因のひとつにc-Metの過剰発現があり、EGFR-TKIとc-Met阻害剤の併用が有効であると考えられています。そこで、c-Met過剰発現エルロチニブ(EGFR-TKI) 耐性NSCLC由来のH1993細胞を用いて、麻黄とエルロチニブの併用効果を解析しました。麻黄とエルロチニブの併用は、in vivoの腫瘍増殖とin vitroの細胞増殖を有意に抑制しました。さらに予想外にも麻黄は、過剰発現したc-MetやEGFRの発現をダウンレギュレーションすることがわかりました。麻黄によるこれらの受容体のダウンレギュレーションは、クラスリン依存性エンドサイトーシスとリソソームでの分解を促進することによることが明らかになりました (Hyuga, S., e al., eCAM, vol. 2020, Article ID 7184129, 2020)。
 臨床では、EGFR-TKIの治療の対象となるのは、EGFRに活性型変異を有する患者さんです。そこで、EGFRに活性型変異を有し、c-Metを過剰発現するヒトNSCLC由来H1975細胞を用いて、第3世代EGFR-TKIであるオシメルチニブと麻黄の併用効果を解析しました。麻黄は活性型変異を有するEGFRもダウンレギュレーションし、オシメルチニブとの併用効果を示すことが明らかになりました(Mori, E., Hyuga, S., et al., in press)。現在、麻黄による増殖因子受容体のダウンレギュレーション作用について、種々のがん細胞を用いて、詳細な解析を行っているところです。
 

2. 麻黄湯や麻黄のがん支持療法への応用の可能性

 がん支持療法とは、がんそのものの直接的な治療ではなく、治療に伴う副作用を軽減、あるは副作用の発症を予防して、がんの標準的な治療効果を最大限に発揮できるように行う治療のことで、種々の漢方薬(十全大補湯、人参養栄湯、六君子湯、半夏瀉心、牛車腎気丸など)が、がん支持療法に応用されています。
 タキサン系抗がん剤は微小管の脱重合阻害によって神経軸索を障害することで、末梢神経障害を誘発すると考えられています。末梢神経障害により、手足のしびれや痛み、寒冷過敏などを発症することがあり、悪化すると治療中止を余儀なくされます。現在、抗がん剤による末梢神経障害に有効な治療薬はありません。
 タキサン系抗がん剤?パクリタキセルによって誘発される末梢神経障害性疼痛を麻黄湯が緩和するという臨床報告があり(萬谷直樹ら, 漢方と最新治療, 26(3), 243-245, 2017)、麻黄湯をがん支持療法へ応用できる可能性が高いと考えられました。2022年度から日本医療研究開発機構(AMED)の創薬基盤推進研究事業として、薬学部生薬学教室や国立医薬品食品衛生研究所との共同研究として、麻黄湯の効能効果の拡大を目指して本研究を開始しました。
 

2-1. パクリタキセル誘発末梢神経障害性疼痛(Paclitaxel -induced peripheral neuropathic pain: PTX-PNP)の発症予防効果と治療効果

 パクリタキセル (Paclitaxel: PTX)をマウスの腹腔内に5日間繰り返し投与することで、末梢神経障害性疼痛を発症することを確認し、これをモデルマウスとしました。
麻黄湯の前投与やPTXとの同時投与により、麻黄湯の用量依存的にPTXの症状が軽減され、麻黄湯には発症予防効果があることが示唆されました。これまでに、抗がん剤誘発PNPに効果があると報告されている漢方薬(牛車腎気丸、人参養栄湯など)も、前投与や抗がん剤との同時投与により効果を発揮すると考えられています。
 PTXを5日間投与してPNPの発症を確認した後、PTXと麻黄湯を5日間併用した結果、麻黄湯の用量依存的にPNPが軽減されたことから、麻黄湯にはPTX-PNPに対する治療効果があることが示唆されました。PNPを発症してから投与しても有効性を示すことは大変重要です。
 今後は、麻黄湯がPTXの抗腫瘍効果に影響を与えずに、PTX-PNPを緩和するかどうかを検討する必要があります。現在、PTXの治療対象であるヒト乳がん由来のがん細胞株をヌードマウスに移植した、担がんモデルマウスを作製し、PTXと麻黄湯の併用による抗腫瘍効果とPTX-PNPの緩和作用を検討する準備を進めています。

2-2. 麻黄湯の疼痛緩和作用に関する分子機構の解明

 麻黄湯のPTX-PNPの緩和に関する分子メカニズムを解明するために、PTX誘発末梢神経障害性モデルマウスや担がんモデルマウスのコントロール群と治療群について、脊髄と後根神経節を回収し凍結切片を作製し、末梢神経障害性疼痛の発症に関与するTransient receptor potential (TRP) channel(TRPA1, TRPM8, TRPV1, or TRPV4)に対する抗体で免疫染色し、これらの発現量の変化を蛍光顕微鏡で解析する予定です。また、末梢神経障害にはミクログリア細胞の関与が報告されていることから、脊髄のミクログリア細胞の変化についても解析する予定です。担がんモデルマウスについては、腫瘍組織を回収し、パラフィン切片を作製してc-Met、pMet、EGFR、pEGFRの発現量の変化を免疫染色により解析する予定です。

3. 安全性の高い新規生薬エキス製剤の開発~エフェドリンアルカロイド除去麻黄エキス(EFE)~

 麻黄は、第18改正日本薬局方において「本品は定量するとき、換算した生薬の乾燥物に対し、総アルカロイド(エフェドリン及びプソイドエフェドリン)0.7%以上を含む。」と規定されています。これらのエフェドリンアルカロイド(Ephedrine alkaloids: EAs)の構造はアドレナリンの構造に類似しているため、アドレナリン受容体の活性化を介して副作用(興奮、血圧上昇、動悸、不眠、排尿障害等)を惹起することがあります。
 そこで麻黄の安全性を高めるために、国立医薬品食品衛生研究所、及び(株)常磐植物化学研究所と共同研究を行い、麻黄の熱水抽出エキスから陽イオン交換カラムを用いてEAsを除去し、Ephedrine alkaloids-free Ephedra Herb extract(EFE)を作製しました(特許第6781881号)。EFEは麻黄と同程度に、c-Met阻害作用、炎症性疼痛に対する鎮痛作用、インフルエンザウイルス感染阻害作用を有していました (Hyuga, S., et al., J. Nat. Med., 70, 571-583, 2016)。また、薬学部生薬学教室との共同研究で、麻黄で惹起される興奮、不眠、不整脈はEFEでは観察されないことも明らかにしました (Takamoto, H., et al., Biol Pharm Bull, 41, 247-253, 2018)。さらに、マウスを用いた2週間の反復投与毒性試験から、毒性がないことを確認し(Hyuga, S., et al., J. Nat. Med., 70, 571-583, 2016)、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@共同研究新興資金(AKPS研究助成金)の支援により、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@病院臨床試験センターとの共同研究で、EFEの健康成人に対する安全性を検証するため、二重盲検ランダム化クロスオーバー麻黄エキス対照比較試験を医師主導臨床研究として行いました (UMIN000022061) 。有害事象全般の発生頻度は、EFEは麻黄の3分の1で、EFEは麻黄と比較して相対的に安全性が高いことが示唆されました (Odaguchi, H., et al., eCAM, vol. 2018, Article ID 4625358)。
 2021年11月にEFEの安全性が認められ、「専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リスト」から外れることになりました(薬生監麻発1101第2号, 博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@3年11月1日)。これによって、EFEは効能効果を標榜しない限り、食品として用いてよいことになりました。2023年3月末から、北里研究所病院漢方鍼灸治療センターで、EFEは医療用サプリメントとして使用が開始されています。

3-1. 感染初期のCOVID-19患者の重症化を防止する新規生薬エキス製剤EFEの開発

 国立衛研や(株)ツムラとの共同研究から、EFEが博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@やその変異株の感染を阻害することを見出しました(Uema, M., et al., Microorganisms, 2023, 11, 534.)。その作用機構として、EFEは博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@のスパイクタンパク質と宿主細胞の発現するACE2の結合を阻害して、ウイルスの細胞内への侵入を阻止することがわかりました(Hyuga, M, et al., in preparation)(特許第7214080号)。
 EFEを博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@治療薬として臨床応用するためには、治験を行う必要があります。2020年に日本医療研究開発機構 (AMED)「新興?再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」に採択され、2021年から医師主導治験「感染初期のCOVID-19患者に対するEFEの有効性及び安全性を検討する探索的試験-二重盲検?ランダム化?多施設共同PhaseI/II比較試験-」を開始しました。2021年末に感染初期のCOVID-19患者に対するEFEの安全性試験(Phase I)が終了し、2023年3月末に6施設共同のEFEの有効性試験(Phase II)も終了しました。これから治験結果の解析を行い、EFEの有効性が確認されれば、 EFEを医療用医薬品として承認申請する予定です。

3-2. EFE配合漢方薬の開発

 麻黄配合漢方薬は医療用漢方エキス製剤として16処方(越婢加朮湯、葛根湯、葛根湯加川芎辛夷、葛根加朮附湯、桂枝麻黄各半湯、桂芍知母湯、五虎湯、五積散料、小青竜湯、神秘湯、防風通聖散料、麻黄湯、麻黄附子細辛湯、麻杏甘石湯、麻杏薏甘湯、薏苡仁湯)あり、比較的に短期間の投与で効果を発揮します。しかしこれらの麻黄配合漢方薬は、高齢者や体力の低下した者には、エフェドリンアルカロイドの副作用を発症するリスクが高いため、使用上注意を要します。そこで、薬学部生薬学教室との共同研究で麻黄の代わりにEFEを配合した漢方薬の開発を試みています。
 構成生薬が4種類の麻杏薏甘湯と麻黄湯をモデル処方として、解析を開始しました。各々の処方から麻黄を除いてEFEを配合し、薬効の検証を行っています。麻杏薏甘湯は、関節炎モデルマウスへの単回の経口投与で関節痛を緩和しますが、EFE配合麻杏薏甘湯去麻黄も同様の鎮痛作用を示すことを最近明らかにしました。さらに、EFE配合麻黄湯去麻黄については、パクリタキセル誘発末梢神経障害性疼痛を麻黄湯と同様に緩和するかどうかの解析を進めています。

3-3. EFEの活性成分?高分子縮合型タンニン

 薬学部生薬学教室、国立衛研、及び、松山大学との共同研究から、EFEの活性成分を見出しました。活性成分はEFEに約20%程度含まれる高分子縮合型タンニンの混合物で、これまでに報告のない高分子[MW45000~100000(ポリスチレン換算)]でした。これらをEphedra Herb Macromolecule Condensed-Tannin (EMCT)と呼んでいます。EMCTは、c-Met阻害作用、鎮痛作用、インフルエンザウイルス感染阻害作用、及び、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@感染阻害作用を有しています。EMCTのこのような様々な薬理作用は、その構造の多様性によると考えられます。EMCTの基本骨格はpyrogallol-type flavan 3-ol 対catechol-type flavan 3-ol がおおよそ 9:2から成り、結合様式は主にprocyanidin B-typeで、部分的にprocyanidin A-typeを含む構造をしています (Yoshimura, M., et al., Chem. Pharm. Bull., 68, 140-149, 2020) 。Procyanidin A-typeは二重結合を介した結合様式で、この部分は平面構造をとると予想され、タンパク質との結合ドメインを形成している可能性があると考えています。しかし、EMCTの詳細な構造解析は現代の分析技術では困難です。C-C結合で多量体化しているため、構成単位に分解することが難しいためです。
 またEFEに含まれる量のEMCTを経口投与すると、EFEと同程度の鎮痛作用を発現することを確認していますので、EMCTが吸収されて作用発現していると予想しています。現在、血中のEMCTを検出する方法を検討しています。

4. 精神症状に対する漢方薬の有効性とその薬効メカニズム解析

 うつ病などの精神疾患は、昨今のストレス社会を生きる我々にとって克服すべき疾患の一つと考えられています。その治療の中心は抗うつ薬などの薬物療法ですが、漢方薬の中にもうつ症状に対して用いられる処方があります。その中の一つに香蘇散(こうそさん)という漢方薬があります。
 この処方は、香附子 (こうぶし)、陳皮 (ちんぴ)、蘇葉 (そよう)、炙甘草 (しゃかんぞう)、生姜 (しょうきょう) の5種の生薬 (しょうやく) から構成されており、胃腸虚弱の人、高齢者、妊婦の風邪の初期を始め、食餌性蕁麻疹、不眠、自律神経疾患、食欲不振などに対してよく処方されますが、これらの症状の背後にうつ症状があった場合、香蘇散はそのうつ症状も改善することが臨床的に示唆されています。ただ、その科学的根拠はほとんどありませんでした。この科学的根拠を見出すために、様々なうつ様モデル動物を用いて、香蘇散のうつに対する有効性の検証、並びにその薬効メカニズムについての研究を進めています。

4-1. 脳内炎症に着目した香蘇散の抗うつ様作用メカニズム

 脳内炎症はうつ病発症に深く関わる要因として近年注目されています。これまでに、社会的ストレス負荷や加齢に伴ううつ様行動に対して、香蘇散の反復投与がマウスのうつ様行動発症を抑制することを明らかにしています(Ito N., et al., J. Neuroinflammation, 2017; Ito N., et al., Aging, 2022)。その効果には脳内炎症に中心的な役割を果たすマイクログリア(脳内免疫担当グリア系細胞)の活性化の抑制が関与する可能性を見出しています。今現在、その抑制に関わる機序についてより詳細な解析を行なっています。
 また、血液脳関門を構成する細胞の一つである脳内微小血管内皮細胞(brain microvascular endothelial cells; BMVECs)で起こる炎症は、脳内炎症増強に間接的に関わる現象として知られています。このBMVECsの初代培養系を用いて、BMVECsで起こる炎症に対する香蘇散の抑制効果並びにその分子メカニズムを検討しています。

4-2. ノビレチン高含有陳皮配合香蘇散のうつ発症抑制に対する有効性

 ノビレチンは陳皮にも微量含まれている他、柑橘系果実の果皮にも含まれるポリメトキシフラボン系化合物で、抗うつ様活性、抗炎症活性、抗肥満活性など多くの生理活性を有する成分としてよく知られています。このノビレチンを多く含有する陳皮(N陳皮)で配合された香蘇散を用いることで、うつ発症および脳内炎症に対する抑制効果がより増強されることが期待されます。本研究は、小太郎漢方製薬株式会社との共同研究で、今現在モデルマウスを用いた解析を進めています。