微生物学教室

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腸内細菌の機能を最大限に引き出し、疾患の治療?予防に生かす

我々の腸内には数百種類、100兆個ほどの細菌が棲息しています。腸内細菌は、自身の持つ菌体成分や代謝物を介して、ヒトの多様な生理機能や疾患病態に影響を与えています。
微生物学教室では、腸内細菌叢の持つ特性を明らかにし、それを活用することにより、感染性?炎症性?代謝性疾患の制御を目指しています。
また、病原細菌による感染症発症の分子機構や、女性生殖器常在乳酸桿菌における有用性機能の解明をめざした研究も進めています。

研究内容

腸内細菌叢の基礎知識

腸内細菌叢の基礎知識について、金倫基教授?伊藤雅洋助教がヤクルト本社のプロバイオティクス?シンバイオティクスの情報サイトにて解説しています。ぜひご覧ください。

はじめに

腸内に生息する細菌集団(腸内細菌叢)は、我々の健康維持や疾患予防に重要な役割を果たしています。腸内細菌叢は、菌体成分代謝物を介して宿主の免疫系?代謝系?神経系などに作用し、生理機能の向上に寄与しています。ヒトの腸内には数百種類の腸内細菌が存在しますが、各腸内細菌は異なる菌体成分?代謝能を有します。そのため、腸内細菌叢の構成変化は、腸内の菌体成分や代謝物の組成を変動させ、その結果、宿主生理機能にも影響を及ぼします。近年、食事や生活スタイルの変化、抗菌薬などの薬剤使用の増加により、腸内細菌叢の構成異常(ディスバイオーシス)のリスクが高くなっています。腸内ディスバイオーシスは、腸内の菌体成分や代謝物を含む腸内環境(マイクロバイオーム)を変化させることにより、多様な疾患の病態に影響を与えている可能性が示唆されています。しかし、腸内ディスバイオーシスと疾患との因果関係や、各腸内細菌の機能、さらには疾患と関連する機能因子の作用メカニズムなどについては、不明な点が多く残されています
そこで私たちの研究室では、腸炎?粘膜炎、肥満、食物アレルギー、腸管?呼吸器感染、腫瘍などの多様なマウス疾患モデルを用いて、各疾患に影響を与える腸内細菌やその代謝物の探索とそれらの作用メカニズムの解明に取り組んでいます。そのために、多くの共同研究者とともに、腸内細菌叢の構成や遺伝子を同定するための16S rRNA遺伝子解析やショットガンメタゲノム解析、そして代謝物を分析するためのメタボローム解析、嫌気チャンバーを用いた腸内細菌の単離?培養、単離菌のゲノムシークエンス?トランスクリプトーム?菌体内メタボローム解析、単離菌の無菌マウスへの移植、オルガノイド(人工腸)培養系、DNAトランスフェクション、RNAi、さらに遺伝子改変マウスと、使用可能な手段を駆使することで、腸内細菌の新たな機能を分子レベルで解き明かしたいと考えています

 

疾患予防?治療のための腸内環境制御(マイクロバイオームモジュレーション)に関する研究

腸内環境変動因子(マイクロバイオームモジュレータ)は、腸内細菌叢の構成や代謝を変化させるもので、下部消化管まで到達する糖?タンパク質?脂質などの栄養素、抗菌剤などの薬剤、生菌、腸内細菌代謝物などが挙げられます。各マイクロバイオームモジュレータは異なる腸内環境変化を引き起こすため、結果として宿主に異なる影響を及ぼします。そのため、マイクロバイオームモジュレータは、腸内ディスバイオーシスを改善し、宿主の健康状態に応じた腸内環境を構築できる可能性を持つだけでなく、腸内細菌やその代謝物の新たな機能を発掘するためのツールとしても有用であるといえます。我々は、宿主の生理機能や疾患病態を変化させる多様なマイクロバイオームモジュレータを探索することにより、健康状態に応じた腸内環境の構築と、腸内細菌やその代謝物の新たな機能の同定を試みています。

ライフスタイルや環境因子が腸内細菌叢や疾患病態に与える影響に関する研究

腸内細菌叢の構成は、食事?季節?ライフスタイル?ストレス?投薬?疾患などの多くの環境因子の影響を受けています。腸内細菌叢の構成変化は、 宿主の免疫?代謝?神経系などに影響を与え、その結果、健康状態や疾患病態を変動させることが示唆されています。そのため、腸内細菌叢の変動因子についての理解は、健康維持や疾患予防の上で重要であるといえます。そこで、私たちは現在、環境因子が腸内細菌叢や疾患病態に与える影響について明らかにしています。

腸内細菌による病原細菌の腸管定着阻害?促進作用に関する研究

正常な腸内細菌叢は細菌間で安定なコミュニティーを形成しており、外来の病原性細菌の侵入に対して強い抵抗性を示すことが知られています。腸内細菌による病原性細菌の侵入?定着の阻害作用は、コロナイゼーションレジスタンス(Colonization resistance; CR)と呼ばれています。抗菌薬の投与などにより、腸内細菌叢によるCRが低下すると、腸管病原性大腸菌(EPEC: Enteropathogenic Escherichia coli)やSalmonellaなどの病原細菌(Pathogens)や、Clostridioides difficileなどの病原性常在細菌(Pathobionts)の定着や増殖を許してしまいます。そのため、腸内細菌によるCRは腸管感染症の制御に重要な役割を果たしています。実際に、腸管感染症を治療する目的で、腸内細菌叢によるCRを臨床応用する動きが出てきています。2013年にNEJM誌で、再発性C. difficile感染症(rCDIrecurrent C. difficile infection)に便微生物移植法(FMT: Fecal Microbiota transplantationが著効することが報告されて以来(N Engl J Med. 368, 407-415, 2013)、rCDIに対するFMT用糞便サンプルの医薬品としての開発が進められました。そして2022年には、オーストラリアとアメリカで、rCDIに対するFMT用の糞便サンプルが医薬品として承認されています(Drugs. 82, 1527-1538, 2022; JGH Open. 7, 172-177, 2023)。このような状況の中、私たちは、腸内細菌叢の主要構成メンバーであるClostridium cluster IV & XIVaに属する腸内細菌が、腸管病原細菌に対して強いCRを示すことを明らかにしました(Science 2017, 図1)。この知見に合致して、ヒトの糞便をエタノール処理したFirmicutes門菌(主にClostridium cluster IV & XIVa菌)の芽胞から構成されるrCDIに対する経口治療薬が20234月にアメリカで承認されていますN Engl J Med. 386,220-229, 2022)。さらに、Clostridium cluster IV & XIVaに属する8種類の腸内細菌コンソーシアム(VE303)がCDIマウスの生存率を大きく上昇させることを発見し(Cell Host Microbe 2022)、2022年にはrCDI患者に対する第II相試験でVE303の有効性が確認されましたJAMA 329, 1356-1366, 2023)。現在は、CRに影響を与える食事因子および腸内細菌代謝物の同定と作用メカニズムの解明に取り組んでいます(図2)。これまでに、食餌由来のタンパク質源が特定の腸内細菌を介してマウスのCDI病態を変化させることや(Cell Rep 2022)、D-アミノ酸の一つであるD-トリプトファンが腸内のpathogenpathobiontの菌体内の代謝を変化させることにより、増殖を抑制し、腸炎を抑制することなどを見出してきました(iScience 2022)。

サルモネラの自然免疫回避エフェクターの機能解析

サルモネラのIII型エフェクターによる自然免疫系の回避(Haneda et al. 2012)サルモネラはSopB、SopE、SopE2などのIII型エフェクタ?の機能によりMAPKまたはNF-κB経路を活性化することで、腸管において炎症反応を惹起し腸炎を引き起こす。一方、サルモネラのIII型エフェクターにはこれらの反応を回避する機能を有するもの(AvrA、SptP、SpvC、SspH1など)が存在し、宿主の炎症反応を回避し、菌の全身への拡散を助けることが示唆されている。

サルモネラには2500を越える血清型が知られていますが、ヒトに対し全身感染し、重篤なチフス?パラチフスを起こすチフス性サルモネラ血清型(Typhi および Paratyphi A、typhoidal S. enterica)と局所感染により胃腸炎を引き起こす非チフス性サルモネラ血清型(non-typhoidal S. enterica: NTS)に大別されます。
NTSはわが国の食中毒の発生件数、患者数ともに上位を占めるサルモネラ腸炎の原因菌です。また、免疫不全患者や小児、高齢者ではNTSの全身感染による死亡例も少ないながら報告されています。このことは、NTSが赤痢菌やコレラ菌、腸管出血生大腸菌と同様に腸管病原細菌でありながら、全身感染を引き起こすという本菌独特の病原性を示していると考えられます。
サルモネラ腸炎には、独立した2つのIII型分泌機構(T3SS-1および-2)から宿主細胞へ直接注入されるエフェクター(III型エフェクター)が重要な役割を果たすこと、またサルモネラのIII型エフェクターには腸炎発症に関わるものとは別に腸炎(自然免疫)を回避する作用をもつものが存在し、この作用により感染局所において自然免疫を回避したNTSが全身感染を可能にしていることが示唆されます。
現在我々の研究室では、サルモネラの機能未知のタンパク質から宿主の自然免疫回避に関わるエフェクターを同定し、その機能を明らかにすることを試みています。

病原細菌および病原性共生細菌の腸管定着メカニズムの解明

細菌性腸炎における抗菌タンパク質の役割の解明

ディフェンシンに代表される腸粘膜上皮由来の抗菌タンパク質は、その抗菌活性により常在微生物叢(microbiota)の組成を規定し、さらには外来病原体による感染を制御する自然免疫因子の一つと考えられています。近年、新たな抗菌タンパク質として注目されるのが、C型レクチンのRegIIIファミリータンパク質です。RegIIIレクチンは潰瘍性大腸炎やクローン病といった慢性炎症性腸疾患患者において、高発現しています。また細菌感染による腸炎(細菌性腸炎)によっても、それらの発現は著しく上昇することから、RegIIIレクチンは炎症により発現誘導される粘膜免疫因子であると考えられています。しかしながら、RegIIIレクチンの生理的な役割、さらに、その粘膜免疫制御に関する機能については、不明な点が多く残されていました。

そこで、私たちは、細菌性腸炎におけるRegIIIレクチンの役割の解明を試みています。まず、RegIIIレクチンの一つであるRegIIIβは、グラム陰性細菌のリピドAを標的として結合し、その結果、外膜強度を弱めることにより抗菌作用を発揮することを明らかにしました(Miki et al., J  Biol Chem 2012; Miki & Hardt, PLOS ONE 2013)。さらに、マウスを使用したin vivo解析により、腸管系病原細菌であるサルモネラ感染時におこるRegIIIβの誘導発現はサルモネラの腸感染を長引かせてしまうことを明らかにしました(Miki et al., Cell Host Microbe 2017)。これは、RegIIIβの誘導発現による腸内細菌叢バランスの変化、およびそれに付随したビタミン量の減少によるものでした。このように、感染防御因子として考えられていたRegIIIレクチンの新たな一面を提案しました(Miki et al., Gut Microbes 2018)。

現在では、その他のマウスRegIIIレクチンやヒトのREG3タンパク質にも注目し、細菌感染時におけるRegIIIの新たな役割の解明を試みています。

腟常在乳酸桿菌が女性生殖器疾患 ( 性感染症、子宮頸がん、早産、不妊 ) の発症に与える影響の解明

3次元細胞培養に用いるRWV bioreactor と 腟常在乳酸桿菌が女性生殖器疾患の発症に与える影響

女性生殖器の一部である腟には乳酸桿菌 (Lactobacillus) 4菌種のいずれかが最優勢菌として常在することが知られています。近年の研究において、細菌性腟症や性感染症の移行率、子宮頸がん、早産の発症率が L. crispatus を最優勢菌として有する女性 (日本人女性約40%) では有意に低く、L. iners を最優勢菌として有する女性 (日本人女性約30%) では有意に高いことが報告されています。
本研究では、女性生殖器上皮細胞を中心に RWV bioreactor を用いた3次元細胞培養モデルを導入し、粘膜バリア機能を介した疾病予防および起因メカニズムの解明を試みています。