以下の通り、第512回獣医学科セミナー< 日本実験動物学会奨励賞受賞記念セミナー>を開催します。
多数ご参集くださいますようお願いいたします。
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第512回獣医学科セミナー< 日本実験動物学会奨励賞受賞記念セミナー>
【開催日】 7月31日(水)
【会 場】 A棟3階 A31講義室
【時 間】 17:00~
【演 者】 渡邉 正輝 ? 先生(実験動物学研究室)
【タイトル】アドリアマイシン腎症モデル及びTRECK法を用いたポドサイト障害モデルの開発
【要 旨】
本講演では、私が大学院および博士研究員として携わってきた研究成果について報告します。特に、私は慢性腎臓病(chronic kidney disease: CKD)のモデルマウスの研究に注力してきました。本講演では、主に、我々が開発したアドリアマイシン腎症モデル及びTRECK法を用いたポドサイト障害モデルの2種類のCKDモデル動物を紹介します。
CKDは、糖尿病性腎症や糸球体腎炎など、多様な原因によって引き起こされる疾患であり、腎臓の機能および構造が長期にわたり不可逆的に低下する。CKDが進行し末期腎不全に至る場合、腎移植や生涯にわたる透析といった腎置換療法が必要となる。さらに、CKDは糖尿病、高血圧、心疾患と密接に関連しており、健康への影響だけでなく、高額な医療費を伴うことで医療財政も圧迫している。しかし、現時点で根治的な治療法は確立されていない。
CKDの初期段階には原疾患特異的な病態を呈するが、多くの場合、糸球体障害に続くタンパク尿症、尿細管障害、腎間質線維化は共通の病態として経過する。糸球体は、ボーマン嚢に包まれた毛細血管から成り、循環血液の選択的ろ過を行う高度な機能を有する。糸球体毛細血管壁は、血管内皮細胞、基底膜および糸球体上皮細胞 (ポドサイト)によって構成されている。ポドサイトは、糸球体基底膜を外側から覆う細胞であり、隣接するポドサイトの足突起との間にスリット膜を形成することで、血液の濾過バリアーとして機能している。ポドサイトに障害が生じると、スリット膜構造の機能不全が生じて血中タンパクが尿細管に漏出し、タンパク尿が生じる。長期にわたるタンパク尿は、さまざまなメカニズムにより尿細管の障害や腎間質の線維化を引き起こし、CKDを悪化させる。したがって、ポドサイト障害の軽減は腎疾患治療において極めて重要であり、その治療法の開発や病態メカニズムの解明には、ポドサイト障害を精確に再現できるモデル動物の確立が必要である。従来、マウスにおけるポドサイト障害モデルは、馬杉腎炎などの糸球体構成分子に対する抗体を使用したものが多く作成されていたが、これらはヒトのポドサイト障害との相違点が多く、問題視されていた。この課題を克服するために、当研究室ではポドサイト障害を起因とするCKDの病態をより正確に再現するモデル開発を行ってきた。
マウスにおいてアドリアマイシン (ADR)腎症は、高い再現性で不可逆的なポドサイト障害を誘発することが可能であり、CKDの病態ステージの一部を再現することから頻繁に利用されている。しかし、ADR腎症モデルは、BALB/c系統のみ感受性であり、多くの研究でスタンダードのC57BL/6J (B6J)系統では適用が困難であった。BALB/c系統の遺伝学的解析によりADR感受性は、Prkdc (DNA-dependent protein kinase catalytic subunit)遺伝子のアミノ酸多型に起因するとの仮説が提唱された。そこで、B6J-BALB/c系統間の多型の内、R2140C変異を導入したB6-PrkdcR2140CマウスをCRISPR/Cas9法にて作出した。当該マウスは、ADRの単回投与により重篤なCKDを発症した。これにより、PRKDCのR2140C変異がADR腎症の原因変異であることが確認された。一方で、ADR腎症モデルはADRがポドサイトだけでなく多種の細胞に対して障害を引き起こすという問題があり、特に尿細管の障害は、解析時のノイズとなり、解析が非常に困難になりうる。広域細胞毒であるADRが複数の細胞種にわたり障害を及ぼすことが本モデルの制約と考えられ、よりヒトの腎症に近いモデルの開発が必要とされた。
そこで、ポドサイトに特異的な障害を起こし、ヒトの腎症に近似するモデルの開発を目指し、CRISPR/Cas9法により、ポドサイト特異的に発現するNphs2遺伝子の内因性プロモーター下流にヒト由来のHeparin-binding EGF-like growth factors (HB-EGF)を発現するノックインマウスPod-TRECKを作出した。Toxin Receptor-mediated Cell Knockout (TRECK)法は、マウスのHB-EGFがジフテリア毒素 (DT)に対して親和性がないことを利用して、標的細胞特異的に、DTに親和性のあるヒトHB-EGFを発現させ、特定の時期にDTを投与することにより標的細胞を死滅させる手法である。本マウスでは、非免疫的なメカニズムによりDTがElongation Factor 2をADPリボシル化し、タンパク質の合成を阻害することで、特異的なポドサイトのアポトーシスを誘導し、他の糸球体構成成分に傷をつけることなくポドサイト障害を引き起こすことを期待した。Pod-TRECKの腹腔内にDTを投与すると、顕著なアルブミン尿症とその後、尿細管障害および腎尿細管間質の広範な線維化が観察された。また、尿中のアルブミン量はDTの投与量に依存した増加が認められ、DTの投与量を変動させることで、軽度?重度までのポドサイト特異的な傷害を誘発し、腎症の各ステージを再現することが可能であった。
今後、B6-PrkdcR2140CやPod-TRECKと様々な遺伝子変異マウスを交配することによって作出した系統を用いれば、CKDに関与する様々な遺伝子産物の治療効果の検証に用いることが可能と思われます。
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