「農」は食を支えるとともに、環境保全といった多面的な機能を持ち合わせ、今や広く健康や医療にも接点を持っています。しかし「農学」と「医学」は、それぞれの立場で独自に発展し、人材養成など教育面でも積極的な連携が重視されないまま今日に至りました。その結果、食の安全性が失われ、人獣共通感染症の世界的規模での発生といった問題が生じ、持続的に発展可能な人間社会を構築することが危惧される状況に陥りました。
そこで、獣医学部動物資源科学科では、本学医学部との連携による農医連携教育を実施し、1~2年次に広く生命倫理観や動物?環境?食と人間の健康に係る問題発掘能力と解決力等の能力を身に付けた人材の養成を目的とした農医連携教育基礎プログラムを実施しています。また、3年次には、学生のキャリア形成に役立つことが期待される4分野(医科実験動物学、食の安全、動物介在活動?療法、生殖補助医療)から構成される農医連携教育専門プログラムが展開されています。
昨年度からの2年間はコロナ禍の中、専門プログラムは生殖補助医療分野が実施されましたが,他の分野は中止となりました。ここでは生殖補助医療分野の実習の概要と実際に受講した学生の感想をお届けします。
生殖補助医療(ART)とは、卵子を採取する「採卵」、体外での卵子と精子の「体外受精」や「顕微授精」、受精卵を子宮内に移植する胚移植など,近年進歩した新たな不妊治療法を指します。この中でも,体外受精や受精卵の凍結保存技術などの発展やこれら取り扱う技術者の育成には動物資源科学分野が大きく貢献してきました。このような背景もあって,動物資源科学科では,平成21年から農医連携教育専門プログラムの一分野において不妊治療病院で活躍できる生殖医療胚培養士の養成をサポートする教育を展開しました。現在では本プログラムを受講した約70名の卒業生が生殖補助医療胚培養士として社会のために貢献しており、高い評価を得ています。
それでは農医連携教育プログラムにおける生殖補助医療分野の内容を紹介しましょう。実習は実習講義および医療施設での見学実習の二つから構成されています。実習講義では、本学医学部の先生方から生殖医学の基礎、生殖補助医療の診療内容、生命倫理、カウンセリング等を3日間にわたり学びます。受講生は「生殖医学にかかわること」をこの実習講義で初めて学ぶことになります。普段学ぶことのない医学部の先生からの講義は、受講生にとって新鮮かつ刺激的なものです。さらに、この実習講義の特長として、実習講義4日目に、生殖補助医療の最前線で働く胚培養士の方の講義があることです。これまで本学科の多数の卒業生が胚培養士して生殖補助医療の現場で活躍しています。その卒業生に非常勤講師として来ていただき、胚培養の仕事を中心にこれまでの経験談等を話してもらう内容です。現在は、医療法人浅田レディースクリニック培養部長の福永憲隆さんに講師をお願いしています。福永先生の講義では、受講生(15名程度)が5つのグループに分かれてワークショップ(胚培養士の仕事の疑似作業)をします。作業内容や作業工程、使用する器具などをグループ内で話し合いながら想定し報告します。それに加え、福永先生から胚培養士の仕事内容、やりがいや大変なこと、就職活動をする上でのアドバイス等、多岐にわたるお話をいただいています。
また、見学実習では国内5か所の生殖補助医療の現場を少人数に分けて、それぞれ1日間見学します。これは、学外の生殖補助医療施設の多大なご協力があるために実現ができています。受講生は生まれて初めて生殖補助医療の現場に足を踏み入れ、生殖補助医療の実際の診察の様子や胚培養士の方々の動きを間近で見ることになります。
こうして、生殖補助医療分野を受講することで、生殖補助医療というものを深く理解することができます。この分野を受講することは、卒業後の就職先として胚培養士を考えている学生にとって、進路選択のための重要な機会となります。また、就職とは別に、生殖補助医療と関わりの深い、近年の晩婚化?少子化の問題を考える貴重なきっかけとなります。