現在、国内では約4万人の獣医師が活躍しています。「獣医師」と聞くと、多くの人はペットや家畜の治療を行う「動物のお医者さん」を想像すると思います。このような動物の診療業務に従事する獣医師は全体の約半分(2万人)で全国各地の動物病院や農業協同組合?共済団体等で活躍されています。残りの獣医師のうち約1万人は、国や皆さんの住んでいる自治体の「公務員」として各省庁に勤務しています。とりわけ公務員獣医師はその専門性を活かして家畜伝染病の防疫対策などの農林畜産分野(約4,500人)や食品の安全確保などの公衆衛生分野(約5,500人)における行政執行に従事しています。獣医師の任務は、①動物に関する保健衛生の向上、②畜産業の発達、③公衆衛生の向上であると定義されています(獣医師法第一条)。①や②は想像に難くないと思いますが、③公衆衛生という言葉はあまり聞きなれないかもしれません。日本の公衆衛生学の父と呼ばれる野辺地慶三先生は、「公衆衛生とは、国民の健康を肉体的、精神的ならびに社会的に良好に保全することを目的とし、公私の保健機関の組織的な活動によって、この目的達成に必要な自然科学的ならびに社会科学的原理を考究し、これを国民に有効に適用することである」と定義しています。臨床(診療?治療)が健康を個人水準で扱うのに対して、公衆衛生は主に人間集団を対象として行政などの社会水準で疾病の予防、早期発見、健康の維持増進を図ることを目的とします。例えば、食生活(食品衛生)、住居環境(ゴミ収集、公害対策、上下水道整備など)、生活習慣病や感染症予防など社会保障の基礎がその業務内容に含まれます。今回は、集団の健康の分析に基づく地域全体の健康増進の責務を担っている公衆衛生獣医師の特に食品衛生業務について簡単に紹介したいと思います。
皆さんは毎日、肉や野菜、魚介類など様々な食品を口にしていると思います。これらの食品の安全性を確保する上で、獣医師の目がしっかりと行き届いています。例えば、牛肉や豚肉は、肉となる段階で首長が任命した公務員獣医師(と畜検査員と言います)による厳密な検査(①生体検査、②解体前検査、③解体後検査)が義務づけられています。また、野菜や魚介類、牛乳などを含めたあらゆる食品について、それぞれの製造?販売段階(調理施設、市場、小売店など)において、また、輸入食品については輸入時点において、衛生検査や取り扱いについての指導が常日頃から行われています。ここでも首長が任命した公務員獣医師(食品衛生監視員と言います)がその役割を担っています。さらに、食品衛生監視員が収去した食品中の有害な微生物や化学物質の検査?同定や食中毒が発生した場合の病因物質の究明において、国立感染症研究所や各都道府県の衛生研究所等に勤務する獣医学研究者がその役割を担い、日々調査研究活動に取り組んでいます。ここでは食品衛生を例にあげましたが、公務員獣医師はヒトの健康に密接にかかわる業務に尽力しながら、公衆衛生の向上に寄与しているのです。
?
?
最後に私たち獣医衛生学研究室の食品衛生に関連する研究内容「野生鳥獣由来食肉の食中毒発生防止と衛生管理ガイドラインの改良に資する研究」について紹介します。現在、国内では野生鳥獣の増加による獣害が農山漁村において深刻化しています。特に、ニホンジカとイノシシの生息数が過去30年間に比べて、それぞれ9倍、3.5倍と急速に増加していることが問題となっています。厚生労働省は、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@2年に「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針」を一部改正し、捕獲鳥獣の食用化(ジビエ肉)などの利活用の推進を図っています。しかし、これら野生動物を由来とするジビエ肉は、前述の牛や豚のようにと畜検査対象ではないため、獣医師による衛生管理の目が向けられていません。そのため、ジビエ肉の衛生管理に関する知見の蓄積が求められており、野生鳥獣が保有する病原体の把握並びに処理?加工段階での汚染状況の調査が必要とされてきました。そこで私たちは、野生鳥獣が保有する病原体(細菌?ウイルス?寄生虫)や市販流通ジビエ肉の衛生状態に関する科学的知見を収集し、その安全性を担保することでジビエ肉の利活用の推進?振興を目指しています。これらの研究は、国立感染症研究所、国立医薬品食品衛生研究所、岩手大学、日本大学、岡山理科大学、宮崎大学、鹿児島大学といった多くの獣医学研究者との共同研究として実施しています。私たち獣医衛生学研究室が担っている野生鳥獣肉の有効活用を目指した一連の研究は、持続可能な開発目標SDGs中でも、「2, 飢餓をゼロに」や「15, 陸の豊かさも守ろう」への貢献が期待されます。
?
?
(A)薬剤耐性菌の分離。シカやイノシシの試料から菌を増やし、その菌を全面に塗抹した培地の上に抗生物質(セフォタキシム)を染み込ませた丸いろ紙を置くと、菌の発育しない「阻止円」ができる(赤線部分)。阻止円の内側に発育した菌(青矢印)がセフォタキシムの効かない薬剤耐性菌である。
(B)分離した薬剤耐性菌の遺伝学的解析。これまでに分離されたセフォタキシム耐性菌は全て大腸菌(Escherichia coli)という菌で、複数の薬剤耐性遺伝子を持つものも存在した。但し、これらの遺伝子は自然界(環境中)に存在する大腸菌にも広く分布しているものと報告されている。
?
?