膀胱の壁は内側から順に尿路上皮粘膜、粘膜下層、筋層、漿膜という4層に区別されますが【図1】、膀胱がんの約90%は、粘膜の表面にある尿路上皮細胞から発生し"尿路上皮がん"と呼ばれます(その他に腺がん、扁平上皮がんなどがあります。以下、尿路上皮がんを「膀胱がん」と表記します。)。治療法や予後との関連から、膀胱がんは深達度(病巣の深さ)により、がん病巣が粘膜から粘膜下層にとどまっている「表在性がん」と、筋層や漿膜に及んでいる「浸潤性がん」に大きく分けることができます。
膀胱がんの悪性度は、悪性度の良い方から高分化、中分化、低~未分化の3段階に分けられます。病期はがんの進行度を示すもので、TNM分類が用いられます。これはT(深達度:どの深さまでがんが進んでいるか)、N(リンパ節転移の程度)M(肺や肝臓などへの転移の有無)で進行度を表す方法です。また、TNMを組み合わせて0期~Ⅳ期で表す方法もあります。こうした分類法あるいは治療法の違いから、膀胱がんは上皮内がん、表在性がん、浸潤性がん、転移性がんという4つのタイプに分けることができます【図2】。
膀胱がんの治療法には手術(外科療法)、膀胱内注入療法(BCG、抗がん剤膀胱内注入療法)、抗悪性腫瘍薬(化学療法、免疫チェックポイント阻害薬、抗体薬)、放射線療法の4つがあります。どの治療法を選択するかは、がんの進み方(病期)を基本としたうえで、悪性度、年齢、全身状態、患者さんの希望などを考慮して決定されます。一般的には、表在性がんの場合は経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-Bt)で完全に治癒することが期待できますが、がんが筋層や漿膜に達している浸潤性がんでは、多くの場合、膀胱の摘出術、放射線を含めた集学的治療(手術、抗悪性腫瘍薬、化学療法、放射線療法を組み合わせた治療)が必要です。また、肺や肝臓などに転移がある転移性がんの場合は、抗悪性腫瘍薬による全身的な化学療法を行います。
具体的には、検尿、尿細胞診、膀胱超音波検査、膀胱鏡検査などにより膀胱がんが疑われた場合、組織診断と治療をかねてTUR-Bt(経尿道的膀胱腫瘍切除術、後述)を行います。そして、切除した組織を顕微鏡で調べ、がんの悪性度、深達度を正確に評価します(病理検査)。また、手術に前後してCTやMRIなどの画像検査も行います。
膀胱がんに対する内視鏡手術です。下半身麻酔をかけて、尿道から手術用の内視鏡を挿入し、病巣部を電気メスで切除する手術法です【図3】。TUR-Btは開腹手術に比べて身体的負担(侵襲)が少ないことが特長ですが、内視鏡手術の特性上、膀胱壁の外側まで切除することはできません。またリンパ節の摘出も不可能です。したがって、膀胱鏡検査やCT?MRI検査などからリンパ節転移がなく、病巣の深さも筋層表面までと推測される場合が適応とされます。なお、TUR-Btの際には、病巣部以外の膀胱粘膜も数カ所採取し、がん細胞の有無を顕微鏡で検査します(粘膜生検)。
上皮内がんは表在性がんの一つですが、腫瘍の範囲が不明なことが多く、TUR-Btでは完全に取り除くことは難しいと考えられています。そのため、TUR-Bt後にBCGの膀胱内注入療法を行って経過を観察します。BCG膀胱内注入療法が無効の場合は、膀胱全摘除術の適応と考えられています。
尿道から膀胱にカテーテル(細い管)を挿入して、結核予防ワクチンであるBCGを週1回、合計6~8回膀胱内に注入する治療法です。有効性は非常に高く、特に上皮内がんでは現在第一選択とされています。副作用として発熱、血尿、頻尿、排尿痛などが治療当日~数日間おこりますが、外来での治療が可能です。
悪性度の低い(高分化型)がんが粘膜内にとどまっている場合は、TUR-Btのみで治療を終了します。それ以外の表在性がんでは、再発?進行を防止するために、術後にBCGや制がん剤の膀胱内注入療法を追加します。表在性膀胱がんの治療法としては、TUR-Btのほかに下記のオプションがあります。通常、放射線治療や全身的化学療法は行われません。
前述のため省略致します。
ふつう浸潤性がんの場合に行われますが、表在性であっても、悪性度が非常に高いがん、再発を繰り返すうちに悪性度や深達度が上昇するタイプ、BCG膀胱内注入治療に反応しない上皮内がんの場合などにも適用されることがあります。
開腹または腹腔鏡下に膀胱の一部を切除する手術です。治療成績がTUR-Btとほぼ同等のため、通常は治療オプションになりません。
表在性がんはTUR-Btで治癒することが期待できます。しかし、手術だけでは、再発することが多いため(2年以内に約50%)、再発を予防する目的で制がん剤やBCGによる膀胱内注入治療を手術後に行います。これらの注入治療は外来で週1回、計6~8回行いますが、それでも再発率は20~30%とされています。したがって、検尿?尿細胞診?膀胱鏡検査などで定期的に観察し、再発を早期に発見することが非常に重要です。通常これらの検査は、最初の2年間は3ヶ月毎、3-5年目は6ヶ月毎、以降1年毎に行います。
浸潤性がんの場合は、TUR-Btでは切除しきれず、がん細胞を取り残していることになります。CT、MRIなどで転移の有無を調べ、臨床病期を決定したのち年齢、全身状態などを含めて病状を総合的に判断し治療計画が立てられますが、肺や肝臓に転移がない場合は、膀胱全摘除術が現在の標準的治療法です。浸潤性がんの治療法としては、以下の方法があります。
男性では膀胱と前立腺(時に尿道も摘出)、女性では膀胱、尿道のほか、子宮、膣の一部を摘出します。同時に、骨盤内のリンパ組織を切除するリンパ節郭清術を施行します。また、膀胱の代わりとなるような尿路の再建手術を併用します(尿路変向術;後述します)。さらに、手術の前、もしくは摘出した膀胱やリンパ節の病理検査の結果によって、化学療法を行います(補助化学療法)。
正常の場合、腎臓でできた尿は膀胱で蓄えられた後、尿道から体外へ排出されますが、これを別のルートに変える手術を尿路変向術といいます。北里研究所病院で行っている尿路変向術は次の4つの方法です【図4】。
腎臓から出ている尿管を、直接右下腹部皮膚につないで、尿の出口(ストーマ)をつくり、そこに集尿袋を貼る方法です。
小腸の一部である回腸を約20cm切り離し、これに尿管をつなぎます。切離した回腸の一端は縫合して塞ぎ、一方を右下腹部皮膚に縫合してストーマとする手術法です。ストーマに集尿袋を貼ります。
回腸や結腸を約60cm切除し、袋状に縫い合わせて新しい膀胱(代用膀胱)とします。そして尿管と代用膀胱、代用膀胱と尿道とを吻合し、皮膚に出した瘻孔からカテーテルを挿入して自己導尿する方法です。尿道摘出が必要な場合は本法が適応となります。
自己導尿型代用膀胱と同様に新しい膀胱(代用膀胱)を作ります。そして尿管と代用膀胱、代用膀胱と尿道とを吻合し、腹圧により排尿する方法です。良好な結果でも尿意はなく、時間ごとに排尿します。手術後の数ヶ月間は特に夜間に軽度~高度の尿失禁がみられ、しばしばおむつなどを使用します。また、多量の残尿がある場合には自己導尿が必要です。尿道摘出が必要の場合は、本法は適応できません。
各方法の長所と短所を【表1】に示していますが、当病院では、回腸導管を標準法とし、それぞれの病状?体力?希望などに応じて他の方法を選択しています。
尿管皮膚瘻、回腸導管とも、見た目は変化しますが袋をつけたまま入浴やスポーツ活動もできるので、手術前に近い日常生活が可能です。集尿袋はだいたい1週間ごとに取り替えます。
【表1】各種尿路変向術の長所と短所(まとめ)
尿路変向法 | 長所 | 短所 |
---|---|---|
尿管皮膚瘻 | 最も手術侵襲が少ない 回復が早く、術後腸管合併症も少ない |
尿管内カテーテル留置を必要とすることが多い 集尿袋を貼る必要あり |
回腸導管 | 歴史ある方法で合併症が少ない 尿管内カテーテル留置が不要 |
集尿袋を貼る必要あり |
自己導尿型 代用膀胱 |
尿管カテーテルが必要ない 集尿袋が必要ない |
手術侵襲が大きい 手技が複雑で合併症が出やすい 自分で導尿する必要あり |
自排尿型 代用膀胱 |
結果が良好なら尿道から排尿でき 一番自然に近い形 集尿袋が必要ない |
排尿状態に関して個人差が大きい 尿失禁が起こる可能性あり 手術侵襲が大きい 手技が複雑で合併症が出やすい |
まだ臨床研究の段階にある治療法ですが、近年、TUR-Bt後に制がん剤による化学療法と放射線療法を同時に行って膀胱を温存する治療法が注目されています。この治療は、がんの深達度が筋層までといったケースが最もよい適応ですが、制がん剤の副作用があること、治療期間が長いこと(2~3ヶ月)、約30%にがんの進行がみられることなどが難点です。
体力的に膀胱全摘除術が不適当と考えられる方、あるいは、悪性度の低い小さながんで、病巣の深さも筋層の表層部まで と推測される場合に適用されます。
開腹して膀胱の一部を切除する手術です。1)がん細胞の悪性度が低い、2)病巣が1個で、その周辺に前がん病変や上皮内がんがみられない、3)病巣辺縁から2cm以上離れた部位での切除が可能であるという3条件すべてを満たす場合に選択肢の1つとなります。がん細胞の悪性度が高い場合の膀胱部分切除術では、非常に高い再発率(70%)が報告されており十分な注意が必要です。
抗がん剤によるシスプラチンを主体とした化学療法(GC療法、MVAC療法、dd-MVAC療法)や免疫チェックポイント阻害剤(アベルマブ、ペムブロリズマブ)、また抗体薬物複合体エンホルツマブベドチンやFGFR阻害薬(エルダフィチニブ)による単剤または併用療法などが行われております。