「東洋医学の叡智を現代医療の現場へ還元する」ことを最終的な目標に、漢方薬?漢方医学領域のトランスレーショナルリサーチ推進を掲げて研究を進めている。漢方薬は、臨床効果の客観的評価やその詳細な作用機序が十分明らかになっていないため、有効性を疑問視されることも少なくない。
また一方で、未だ見出されていない漢方薬の新たな臨床応用の可能性について、その探索は緒についたばかりである。これらの疑問点や問題点を解決すべく、以下に示すような研究を行っている。
研究室メンバー
部長 | 小田口 浩 (医師、医学博士) |
室長 | 日向 須美子(薬剤師、理学博士) |
上級研究員 | 遠藤 真理(管理栄養士、医学博士) |
上級研究員 | 伊藤 直樹 (薬剤師、薬学博士) |
客員研究員 | 中森 俊輔(薬学部生薬学教室 助教) |
客員研究員 | 黄 雪丹(薬学部生薬学教室 助教) |
医療系研究科博士課程 | 森 瑛子(医師) |
医療系研究科修士課程 | 杉山 千佳 |
臨床研究部では、「東洋医学の叡智を現代医療の現場へ還元する」ことを目標に、漢方薬?漢方医学領域のトランスレーショナルリサーチ推進を掲げて研究を進めています。
(1) 漢方薬のがん治療への応用に向けた研究(日向、森、小田口)
漢方薬は、現在、がんの支持療法(がん治療に伴う副作用を予防あるいは軽減するケア)として用いられていますが、がん治療を目的として投与されることはありません。私たちは、10数年前から、がん転移抑制作用を有する漢方薬の研究を行っており、麻黄湯ががん転移モデルマウスの転移を抑制することを見出しました。また、麻黄湯の構成生薬の麻黄が、がんの悪性化に関与する肝細胞増殖因子(HGF)受容体c-Metを阻害することを突き止めて、特許を取得しました。最近、麻黄が、がん細胞に過剰発現している増殖因子受容体のダウンレギュレーションを促進することも見出しました。現在、麻黄や麻黄配合漢方薬のがん治療への応用に向けた研究を行っています。
(2) 漢方薬の鎮痛作用とそのメカニズムの解明(日向、中森、小田口)
麻黄配合漢方薬は、関節痛や筋肉痛の治療に用いられ、その鎮痛作用は麻黄の主成分であるプソイドエフェドリンの抗炎症作用によって説明されてきました。一方、私たちは、エフェドリンアルカロイドを除去した麻黄に高い鎮痛作用があることを見出しました。そこで、北里大薬学部生薬学教室との共同研究によって、麻黄の鎮痛作用を、疼痛モデルマウスを用いて詳細に解析しました。その結果、麻黄は末梢の感覚神経に発現しているTRPV1の脱感作を介した鎮痛作用を有することを見出しました。さらに、ホルマリン誘発疼痛モデルマウスの解析から、麻黄は、即効性(経口投与後30分)及び遅効性(経口投与後6時間)の鎮痛作用を有することを明らかにしました。即効性鎮痛作用はエフェドリンが関与しており、遅効性鎮痛作用はエフェドリンアルカロイド以外の成分が関与していることがわかりました。現在、Complete Freund's adjuvant (CFA)で誘導した関節炎モデルマウスを用いた解析を進めています。
(3) エフェドリンアルカロイド除去麻黄エキス(EFE)の開発(日向、黄、小田口)
麻黄の主成分のエフェドリンアルカロイドは、動悸、血圧上昇、不眠、排尿障害などの副作用を有することから、高齢者、高血圧?心疾患の患者様に対しては、使用上注意を要します。そこで、国立衛研、(株)常磐植物化学研究所との共同研究によって、麻黄エキスからエフェドリンアルカロイドを除去する方法を開発し、エフェドリンアルカロイド除去麻黄エキス(EFE)を製造しました。EFEは、鎮痛作用、抗インフルエンザ作用、c-Met阻害作用を、元の麻黄エキスと同程度に有しており、マウスに対する毒性がないことを確認しました。また、北里大薬学部生薬学教室との共同研究によって、麻黄の副作用である興奮、不眠、動悸がEFEでは消失すること、さらに、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@病院理臨床試験センターとの共同研究により健康成人に対する安全性試験を医師主導臨床研究として実施し、EFEの安全性が明らかになりました。現在、EFEの医薬品化に向けた検討を進めています。
(4) 肥満治療に有効な漢方薬や生薬の探索 [日向、橋本(獣医学部)、小田口]
肝臓特異的に発現し、血中に分泌されるアクチビンE(TGF-βsuper family)は、遺伝子改変マウスを用いた解析から褐色/ベージュ脂肪細胞を活性化しエネルギー代謝を亢進することが示唆されています。したがって、アクチビンEの発現を増加させるような薬物は、生活習慣病の原因となる肥満の治療に有効である可能性が高いと考えられます。一方、漢方薬や生薬には、冷えの改善作用、体温を上昇させて発汗する作用、代謝を亢進する作用を有するものがあります。そこで、アクチビンEの発現増加を介してエネルギー代謝を亢進する漢方薬や生薬を探索しており、いくつかの生薬が見つかって来ています。
(5) 消化管に及ぼす漢方薬の影響に関する研究(遠藤、小田口)
消化管に有効な漢方薬の科学的根拠の解明?新たな処方の創製、非侵襲的な機能有効性評価の方法の確立を目標に研究を行っています。
①近年、消化管手術後の散発する消化管運動遅延を主徴とする術後腸管麻痺 (Postoperative ileus; POI) には、消化管筋層部の局所炎症がその病態発症に重要であることが明らかにされました。これまでに、POIモデルマウスを用いて、POIに頻用される大建中湯が既知の消化管運動遅延回復作用に加え、抗炎症作用を発揮することでPOIに対する有効な治療効果を示すことを報告しました。現在は、その作用機序と有効生薬の解明へと検討を進めています。また、大建中湯だけでなく、六君子湯や半夏厚朴湯などその他の処方についても検討を開始し、消化管運動促進作用と抗炎症作用の作用が最強となるような新処方を明らかとすることを目指しています。
②安定同位体13Cで標識した酪酸や酢酸などの化合物をマウスに投与し、代謝後に排出される13CO2を測定することで、消化管の運動や炎症に対する作用を評価できる臨床応用可能な非侵襲的方法を確立することを試みています。
③補中益気湯を構成する全10種の生薬のうち、耆 (黄耆と晋耆) と 朮 (白朮と蒼朮) の2種の生薬を入れ替えた組み合わせが異なる4種の処方が薬事法で規定されています。これらの生薬や配合比の異なる漢方製剤や煎剤を、同種の薬効を示す同名処方として取り扱かっているのが現状であることから、構成生薬の使い分けの厳密な臨床?基礎医学的根拠を明らかにするために、Tリンパ球介在性全身炎症及び小腸粘膜炎症モデルマウスを用いて粘膜免疫機能調節作用を検討しています。
(6) 精神神経疾患を中心とした気剤の薬効評価(伊藤、杉山、小田口)
うつ病などの精神疾患は、ストレス社会を生きる現代人にとって克服すべき疾患の一つと考えられています。その治療の中心は抗うつ薬などの薬物療法ですが、漢方薬の中にもうつ症状に対して用いられる処方があります。その中で香蘇散は東洋医学総合研究所の漢方外来でもよく処方されており一定の効果が示唆されていますが、その科学的根拠はほとんどありませんでした。そこで当研究室では香蘇散の有効性について様々なストレス誘発うつ様モデル動物を用いて評価?検証しています。またその作用メカニズムについて、近年うつとの関連で注目されている脳内炎症に着目し解析を進めています。うつ病治療で問題となっている再燃?再発に対する香蘇散の有効性についても検討を行っており、既存の抗うつ薬との作用の違いについても明らかにしつつあります。また、漢方薬には独特の香りも薬効に関与する可能性があることから、それらのモデル動物を用いた香りの有効性も検証しています。
(7) 未病に対する漢方薬の有効性(伊藤、杉山、小田口)
近年予防医学の重要性の認識がより一層高まっています。東洋医学には古来より病を未然に防ぐ「未病」の概念が存在し、予防医学の観点から利用価値が極めて高い医学と言えます。しかし、未病を評価できる研究手法は不足している現状です。そこで、当研究室では老化促進モデルマウスを利用して未病を評価できる動物モデル系を構築し、漢方薬の未病制御についての解析を進めています。また、本モデルマウスで認められるサーカディアンリズム (概日リズム) 障害に対して漢方薬がどのように作用するのかを、体内リズムやそれに関与する時計遺伝子発現パターンの側面からも解析しています。